HR/HM温故知故
かつて一世を風靡したHR/HMについて、私の個人的な思いいれ、独自な見方、ニッチな情報、そして映像を提示していきます
スティーブンパーシーとフレッドコーリーのバンド

 

 


 


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 86年、RATTはサードアルバムを、CINDERELLAはデビューアルバムを発表する。

 その時、この二つのバンドは全米ツアーをすることになるが、勿論メインアクトはRATTだ。
dancing undercovernight songs  

 80年代のこの時期、バブル経済の絶頂期、しかもハードロックの全盛期でもあった。

 バブルの時期はなんでもいいものが生まれるものである。

 逆に、90年代半ば以降の不況期には良い作品がほとんど生まれなかった。不思議なものである。

その二つのアルバムは今でも語り継がれるほどの最高の出来を誇っているということをここで明記しておきたい。

 二つのバンドは、その次の年の87年にともに『モンスターズオブロック』に参加することになる。

 RATTドイツでの、CINDERELLAイギリス、ドイツ共に参加するという幸運にみまわれることになった。

ratt 87 
 


 この年のモンスターズオブロックの出演バンドは以下のとおりである。 

 87年8月29、30日 ドイツ、ニュルンベルグ

mor 87


DEEPPURPLE,DIO,METALLICA,RATT,CINDERELLA,HELLOWEEN,PRETTY MAIDS 

 87年8月22日、イギリス、ド二ントン

ドニントン


BON JOVI,DIO,METALLICA,ANTHRAX,WASP,CINDERELLA 

 すごい錚々たる顔ぶれである。

 この組み合わせである。

 この組み合わせで日本に来て、といわざるを得ない。

 全米ツアーと、 『モンスターズオブロック』を経て、RATTのボーカリストのスティーブンパーシーCINDERELLAのドラマーのフレッドコーリーは親交を結び、93年バンドARCADEを結成することになる。

arcade.jpg 
        ARCADE 

 90年RATTが発表したアルバムのDETONATORは不振に終わった。

detonator.jpg 
   DETONATOR

 確かにこのアルバムは、ゴールドアルバム(50万枚の売り上げ)になるが、このアルバム発表前の音楽雑誌には、全米300万枚を達成したデビューアルバムのOUT OF THE CELLARの再来!というようなニュアンスを漂わせていたが、実際はそうでなく、RATTらしさを大幅に欠くアルバムであった。

 確かに”Shame Shame Shame”や”Scratch That Itch””Top Secret”などスピーディでRATTらしい曲はあったが、他にはミドルテンポやそれまでのバンドにはないロングトーンなリフをフィーチャーした曲、ひいてはバンド初のバラードも収録したがいまいちいインパクトにかけるアルバムであった。

 私が思うのは、音楽性のチェンジは一向に構わないと思うのである。

 しかし、その際注意しなくてはいけないのは、聴き手を惹きつける品位を保てるかどうか、といういうことである。

 これまでのRATTはどちらかというと一本調子で先が読めてしまう曲づくりであった。

 その音楽性を打開すべくDETONATORを制作したが、はたして意図してまで音楽性のチェンジを図る必要があったのか?と言われればそうではなかったし、それまでの佳作アルバムを超える作品だったかといえば、非常に疑問であったのである。

そのチェンジに業を煮やし、他のメンバーともバンドの方向性について疑問を感じていたギタリストのロビンクロスビーDETONATOR発表に伴う日本公演を後にバンドから脱退。

ロビンクロスビー 
  ロビンクロスビー

 その後のバンド内でも、いろんな意見の齟齬が重なり合い他のメンバー同士のいざこざが絶えなかったという。

 そしてDETONATORのワールドツアー終了後に、ヴォーカリストのスティーヴンパーシーも脱退。

 事実上、RATT92年に解散することとなる。 

 スティーヴンの92年の脱退した時の、脱退理由が面白い。
 
 「バンドの音楽があまりにも予測可能になってしまったから俺は脱退した。」

しかし、思ったのは、「あなたの声が狭いから、音楽性が狭められ予測可能な音楽になってしまたんじゃないの?」ということである。

 一番の原因は自分にあったということがわかっていないのだろうか。

 男は誰でも思春期に声変わりを経験する。

 その際、高い声よりも低い声の方が出しやすくなる。

 しかしスティーヴンは逆なのだ。高い声の方が彼は出しやすいのだ。
 
 そのユニークな声域ゆえに、音楽性は狭められ、バンドの音楽性は特徴的になる。

 それがRATTの魅力でもあり、欠点でもあったのだ。

 そのことについてはとやかく言うつもりはないし、逆にそこがよくて私はRATTの大ファンになり、今でも大ファンである理由でもある。 

 その音楽が好きであったから、全米でミリオンセラーなどしなくとも、ずっとバンドを維持していてもらえたらそれだけで自分はよかったのだ。

 しかし、バンドは決裂し解散した。そのことについては悲嘆にくれている暇もなく、すぐにスティーヴンが新しいバンドを組んで行動を起こしたことが報告された。

 なんと、CINDERELLAのドラマーであったフレッドコーリーと新バンドを作ったというのである。

pearcy.jpg courley.jpg 
     スティーヴンパーシー                           フレッドコーリー 

 フレッドCINDERELLAが新しいアルバムを作るに際して、プロデューサーにアンディジョーンズを再び起用するとして、それを不服としてバンドを脱退したというのである。 

 CINDERELLAは、アルバムLONG COLD WINTERを作るに際し、プロデューサーのアンディジョーンズがフレッドのドラミングを気に入らず、コージーパウエルを呼び出してほとんどのドラムをコージーが叩いたというのだ。

long cold winter 
 LONG COLD WINTER

 そんなことをされて、再度ないがしろにされてはフレッドはたまらないだろう。脱退した気持ちはよくわかる。

 そのスティーヴンとフレッドが中心になって出来たバンドは最初違う名だったが最終的には「ARCADE」に落ち着いたようである。

 そのバンドには、SEAHAGSのギタリストであったフランキーウィルセックス、GYPSY ROSEというバンドのギタリストであったドニーシラキュース、そしてローカルバンドのベーシストであったマイケルアンドリュースを迎え、バンドはアルバムを作り、デビューを果たすことになる。

arca.jpg


 それが93年の初頭のことであった。

 そのARCADEの音楽性は、RATT の音楽性ともCINDERELLAの音楽性とも違う。

 RATT 時代にはなかったへヴィさが売り物のロックンロールで、強烈なビートが聴き手にグングンと迫ってくる非常に高感度の作品であった。 

 ではまず最初のシングルになった以下の曲をご覧いただきたい。

●“Nothing To Lose”
  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=Vo2L9Cp4kxU  
 

ベースの刻みこみが心地よい印象に残る傑作な曲である。 

 こういった曲は、RATT時代には確かになかった曲風である。

 これまでに踏み込めなかった声域にも挑戦して、確かに佳曲ですらあるが、初の領域であるだけに完璧には歌えていないのは否めない。 

nothin.jpg


 ソロの掛け合いも見事だし、声域の拡大に伴って未知の域に入ったことにより、RATT時代とは違う印象を与えることは間違いない。 

 スティーヴンはその特徴的な声ゆえに聴いて一発で彼とわかるが、違うシンガーであったら彼のバンドとはわからないだろう。

●”Cry No More”
  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=Q4ghMBgR0ao&feature=related 


 90年に発表したRATTのアルバムDETONATORでは、 RATT初のバラード収録!」などという触れ込みの曲があったが、聴いてみると全然バラードでなかったという茶番劇があったが、このARCADEではピアノで始まる感動的なバラードが収録されている。

detonator.jpg

 それがこの”Cry No More”である。

 美しい感動的なバラード…とはいえない。

 何故なら、この曲は男が女を想う曲ではないし、この曲はスティーヴンが父が死んでしまった悲劇を曲に込めたのが実情だからだ。

cry.jpg


その他、このアルバムには”So Good…So Bad”というバラードも収録されているが、それも同じようなコンセプトだから、美しい感動的なバラードとは言い得ない。

 だが、いい曲であることに間違いない。

 しかし、 RATT時代は常に一本調子であり、バラードなど一切しなかったが、このバンドではバラードを2つもしている。

 新しいことをした彼のバンドに拍手を送りたい!


●”Never Goin’ Home”
  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=kGhGjGVCYE8&feature=related

 この曲もRATT時代にはなかった曲風である。

 ミドルテンポであるが強い印象を残す曲である。

stfc.jpg


 違うソングライターを向かいいいれたことにより、それまでのRATTとは違い先が読めないというところである。 

 私は20年以上も前にこの曲を聴いたが、いまだに好印象を残すことになっている。



●”Dancing With The Angels”
  ↓
http://www.youtube.com/watch?v=g4LYHt2di7U&feature=related


 アルバムのドタマを飾り、ライヴでもドタマを飾ったのがこの曲である。 

 ファンキーさも兼ね備え、それでいて聴き手の心を押しつぶすようなへヴィなリフがなんとも気持ちがいい!

 そして、印象的なベースの重い音がそれに拍車をかけている。


arcade album

  ハードロックにしろ、へヴィメタルにしろ信条はへヴィさにあるはずだ。

 それを無視して佳曲を作ろうとも無理があるし、後世に語られる力をもつことはできない。 

 そういった力をこの曲は十二分に持ち合わせている。

 その他、佳曲として、 ”Screaming SOS””Reckless””Calm Before The Storm”など多くの曲を擁している。

 これは良いアルバムである!

 ぜひともおススメしたいアルバムである。
 
arcade album

  

 このアルバムは非常な好感度をもって日本では向かいいれられ、来日公演も実現した。

 その、日程を見ればその度合いがわかろうというもの。

93'  ARCADE 来日公演

5月26日 東京 中野サンプラザ
5月27日 東京 中野サンプラザ
6月4日  神奈川 グリーンホール相模大野


 それだけのものを出していたにもかかわらず、ARCADEはこのデビューアルバムともう1枚のアルバムを出して解散する。 

 ご存知の通り、スティーブンは今RATTにいて次のアルバム制作を進めている。

 フレッドはCINDERELLAにいるが、まだ復活作のめどはついていない。

 一番最近でも、2005年のツアーのライブアルバムが発表されただけだ。

al.jpg 


 この短期間の活動であったために、人々の記憶からは忘れられやすい。 

 また、このバンドARCADEが復活するというなら話は別だが…。

 そしてこのデビューアルバムは生産中止に追い込まれている。 

 それではあまりにもったいない! 

 そう思い、このページで、このアルバムを紹介した次第である。

 その良さを体感してくれる人が1人でも多くいてくれたら幸いである。


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  ↓
arcade album

Arcade

◆そして、この時期のARCADEのライヴ音源と未発表曲を収録したアルバムはコチラ!
  ↓
A/3 Live & Unreleased

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