HR/HM温故知故
かつて一世を風靡したHR/HMについて、私の個人的な思いいれ、独自な見方、ニッチな情報、そして映像を提示していきます
RATTの迷盤『DETONATOR』を考察する。
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 RATTの5枚目のアルバムであるDETONATOR1990年の9月に発売が決定された。

 その時の私の気持ちは「やったー!」という感じのものであり、格別何か期待をしていたわけでもなかった。

 自分の好きなアーティストがニューアルバムを発売すると知れば、当然心が弾むのは自然の成り行きであり、発売当日は電車に乗って、ありとあらゆる品モノがある花の都新宿にアルバムを買いに行ったのである。

 しかし、ロック雑誌では、 「次こそは大ヒットアルバムを!」みたいな書き方をしていたものである。

84年のデビューアルバムが全米チャート7位を記録し、最終的には300万枚ものセールをあげた。

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デビューアルバム

 セカンドアルバムも同じく全米7位を記録し日本国内のツアーでは17回もの公演がおこなわれ、アメリカではBON JOVIを前座にして200回近くもの公演をしたのである。

しかし、次作からは売り上げがダウン…そこで、今回のニューアルバムには、かなりの期待がかかっていたのである。

 昔、栄光を味わったバンドに対しては、その栄光をもう一度味わって欲しい、という期待の表れであったのはわかるが、なんだかんだいってもRATTはそれまで発表したアルバムはすべてプラチナアルバム(100万枚以上売ったアーティストに表彰される賞)を獲得したのであり、80年代に史上空前のハードロックブームがあったとはいえ、ゴールド(50万枚)やプラチナを獲得できたアーティストは一握りであり、そのことを勘案してかつ、今のハードロックブームの下火ぶりを見れば、贅沢な期待であったのがわかる。


以下のページを見て、そのアルバムの数々の良さを堪能いただきたい。
   ↓

<参考関連記事>
・『RATTは初めBON JOVIよりもビッグだった。 アルバム=「OUT OF THE CELLAR」』


・『RATTの栄光、BON JOVIの下積み時代 アルバム=「INVASION OF YOUR PRIVACY」』


・『BON JOVIの大逆転、RATTの成功 アルバム=「DANCING UNDERCOVER」』


・『RATTの絶頂期を象徴するアルバムはこれだ アルバム=「REACH FOR THE SKY」』
,



 しかし、私としても自分が好きなアーティストからファンが離れていくのは哀しい。

 デビューアルバム発表時は、幼少の少年だったため、RATTのことなど全く知らず、リアルタイムリーにその人気ぶりを体感できなかったので、またデビューアルバムのような大ヒットを記録して、それを体感したい!という希望があったのは確かである。

 期待を込めて新宿の某CDショップに買いに行った。

 しかし不思議だったのは、RATTのニューアルバムの告知のポスターが店内にないのである。

 前作のREACH FOR THE SKYの時は、店頭にポスターが貼られていたのに…。


ratsandpiece.jpg

さっそく、「R」で始まるコーナーにいってRATTの新譜を探す。

すると、なんとニューアルバムは2枚しか置いてない。

 前回は初回限定盤でTシャツ付きCDも発売されていて、私はすでにLPでそのアルバムをもっていたにも関わらずそれを買った。

 今回はそういった初回限定のグッズ付きCDなどもない。

 RATTの人気は落ちてしまったか…ちょっと残念な気持であった。



●”Shame Shame Shame
  ↓



http://www.youtube.com/watch?v=TfM4qwiarZU



 この曲がアルバムの最初を飾る曲である。

 初めのイントロ曲の長さも適当だし、緊張感を聴き手に高めさせざるを得ない演出がなかなかいい。

 ギターのスクラッチからイントロが始まり一気に曲に流れ込む。

 そしてスピーディな曲が展開される。

 いかにもRATTらしいナンバーだ!

 スピーディなナンバーこそが一番RATTの良さを引き出すと思うのは私だけでない多くのRATTファンの意見のはずだ!

 この曲を聴いて、発売前に雑誌で「今作こそRATTの最高傑作!」みたいなことを書かれていたのを思い出し、その言が偽りでなかったんだ…と思った。

 しかし、アルバム全部を聴くと、実際はそれほどこの曲に抗せる曲があるわけではなかった(苦笑)

 全体的にミディアムかスロー展開で、ロングトーンのリフの曲が多く、RATTらしさのある曲は前回よりは少なくなっている。

 スピーディな曲こそRATTの信条であるはずだが…。

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 しかし、この曲はいい曲である。

 自分の好きなバンドのベストアルバムは、発売されると胸が躍るものであるが、買って聴いてみると、選曲に不満があったりするのは日常茶飯の事である。

 そこで、私は自分独自でベストと思うRATTの曲を全アルバムから抜粋して編集してカセットテープに録音したものである。

 その際も、この”Shame Shame Shame”は入っている。

 当然ながらこの曲はリリース当時のライヴでもドたまに演奏された曲である。

 この曲がセカンドシングルになっている。


●”Lovin’ You’s A Dirty Job”
   


http://www.youtube.com/watch?v=X-YPD_TZ11s

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このシングルのジャケット


この曲がファーストシングルになった曲である。

 聴いた時、コメントにつまったのである。

 これまでにないRATTの音楽性の曲、ミディアムテンポの曲、それなりに聴き耳をそばだてさせる品位はあるが大げさではない。

 でもそういった出来でも何回か聴いているうちに良さは見えてくる。

 この曲は、RATTの再結成後で一番演奏されたDETONATORからの曲である。

 そんな名曲でもないが、駄作でもない、それなりに味はある…コメントにつまるシングルである(苦笑)。


●”Givin’ Yourself Away”
   ↓



http://www.youtube.com/watch?v=iitVa-KimJ0


 この曲はシングルカットはされていないが、アルバムのPRとしてクリップが作られた。

 このバンド初のバラードとして前評判のあった曲であるが、聴いての通りこれは正式なバラードではない。

発売前に、「ついにRATTもバラードをする!」と雑誌に書いてあったので非常に期待して始めにアルバムを1枚通して聴いた。

しかし、あとで思い出して「あっ、そうだこのアルバムにはバラードが入っているんだよな。どれだっけ?」

などと思い、それを調べて聴きなおしたのである。

誰が聴いてもバラードと分からないからこういうことになってしまったのである。

それは、このバンドのシンガーであるスティーヴンパーシーのパーソナリティに起因するのではないだろうか?

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スティーヴンパーシー

 そういったバラードというものにハートをこめられない性分のために、そういう曲風にはならず、バラードとして作ってもバラードにはならない。

 彼初のバラードは、バンドが一時解散して違うバンドARCADEを結成した時に作ったアルバムに入っているのがそうだろう。

 しかし、そのバラードも男と女の恋愛感情をうたった本当のバラードではないが、 ”Givin’ Yourself Away”よりはバラードらしい。

そのバラードについては以下のページを見て確認してほしい。
   ↓
⇒『スティーヴンパーシーとフレッドコーリーのバンド=ARCADE』


90年9月に新譜が出て91年2月に来日公演をした。

 その時まだゴールドしか達成していないことを某雑誌で知ったがまだそのままだ…「まさかRATT史上初のプラチナに達しないアルバムになってしまうんじゃないか…」

 そんな心配をしたものだが、その嫌な予感は的中してしまった。

 最終的に、初のゴールドディスクにしか達成しないアルバムになってしまった。

 しかし、91年の暮れごろに発売されたRATT初のベストアルバムRATT N’ ROLL 8191』(下の写真)もゴールドにまでいったのである。

ratt n roll 8191


普通は、ベストアルバムよりもニューアルバムのほうが話題を呼び、売れるのが通常である。

しかし、ベストアルバムがこれだけ売れたということは、RATTの人気は根強いのがわかった。

しかし、このベストアルバムの選曲を見ると、疑問が湧いたものである。

 一番売れた『OUT OF THE CELLAR』から4曲が選曲されたにもかかわらず、一番売れていないDETONATORからはなんと5曲も選曲されているのである。

 これはウォーレンの意図が絡んでいたと思うが、やはり彼がニューアルバム制作のイニシアティブを握っていたことで、アルバムとバンド全体が良くない方向へ進んでいたのだ。

周知のように、RATT92年に一度解散する。

その時のインタビューで、ウォーレンが言うに、DETONATORが一番気にいっているアルバムだよ!」と言っていたのを思い出す。

 いや、それだけでなくその方向を支持した他のバンドメンバーにも問題があった。

 RATTはギザギザと刻み込むギターリフにスピーディな曲風が、その魅力の第一であるはずだ。

 先の”Shame Shame Shame”のように。

しかし、このアルバムからは、その”Shame Shame Shame”のほか、スピーディな曲は他に、 ”Scratch That Itch””Top Secret”といった曲しかない。

 のみならず、全体的にブルージーな曲風のモノが増えてRATTらしさが少なくなっている。

 BON JOVI風の“One Step Away”などもこれまでにない魅力を有していて面白いが、意図的に曲風を変えたメリットがアルバム全体的にあるかといえばそんなことはあまりない。

このアルバムでイニシアティブを握ったのはウォーレンデマルティーニである。

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ウォーレンデマルティーニ


彼は当時27歳…この若さにしてブルーズにのめりこみ、それをバンドに導入しようとした。

その方向性をバンドのメンバーは支持したのだ。

しかし、1人だけ反対していたのが今は亡きロビンクロスビーである。

ロビンクロスビー
ロビンクロスビー

 

 あくまでもRATTらしさの維持を彼は固執したかったが、他のメンバーはウォーレンを支持した。

 そのせいでRATTがかつての魅力を失ってしまったのは明白であった。

 その理由で、ロビンは作曲のクレジットにほとんど入ってない。

 彼の作った曲のほとんどが却下されたからである。

 のみならず、それが理由で彼はバンド結成以来初、ギターソロを弾いていないアルバムになってしまったのである。

(『LOUD PARK 10』にRATTが参戦する際に、METALLION』誌RATTの全アルバムの詳細がレビューされていて、そこにはDETONATORでロビンはレコーディングには参加していない、と書いてあったが、90年当時のBURRN!』誌では参加していると書いてある。どちらが本当かは私にはわからない…。)

 バンド内でそんなないがしろにされた状態で、かつ音楽も自分が理想とする状態からかけ離れてしまっていては、当然いてもたってもいられなくなる。

91年の来日公演後、ロビンクロスビーはバンドから脱退してしまう。


 前回の来日公演では、56000人収容の東京ドームで、88年の12月31日と89年1月1日の2日間にわたったファイナルカウントダウンでBON JOVIの前のセカンドビルを務めた直後にもかかわらず日本武道館で単独公演をした。

そんなすごい勢いを有していたのである。

 しかし、今回では東京公演は中級ホールで数回だけ…全公演を足しても日本武道館1回分にもならない。

 私が行った中野サンプラザ公演では、あちこちに空席があったのがよくわかった。


 89年に日本武道館に来ていた人たちはどこにいったの?

 どこにもいってない、ただ今回のコンサート会場に来ていないだけだ(笑)

 それは、毎回アルバムごとに来日公演をおこなっていれば当然需要逓減の法則が働き、動員数は減るのが当然である。

しかし、いろんな音楽雑誌で「これこそはデビュー時のRATT N’ ROLLの再来!」みたいな書き方をされていたにも関わらず、ヒットにはならずコンサートへの動員数も減りこのありさま。

 本当にいいアルバムであるならば、もっと売れて再び日本武道館でできたはずである。

 DETONATORとは日本語に訳すと「起爆剤」という意になる。

 再びデビュー時のようなヒットになることを期待してこのようなアルバム名にしたのだが、その通りには残念ながらそうはならなかった。

 このころのメンバーのショットを見るとやはりオーラが落ちている。

 88年のショットを見るとオーラが溢れているのに…(笑)。

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   RATT 91

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   RATT 88

 やはりこのころは売り上げでかつてのころのようにはなっていなかったのが災いしているとしか思えない。

 それのみならず、メンバー間でも上手く人間性がかみ合っていなかったのは、当時の音楽雑誌をみても明白だ。

 90年イギリスからDETONATORのワールドツアーはスタートした。

 そのリポートを某雑誌で読んだが、その雑誌では「来年のMONSTERS OF ROCKRATTが参戦するかも。」ということが書かれていて、そこを読んだ私は「おっ!」と心弾んだ。

 そうなれば、イギリスMONSTERS OF ROCKに参戦するのは85年以来6年ぶりで、85年よりも円熟味がかかったRATTを大舞台で観れると心躍るのはファンとして当然のことだからだ。

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MONSTERS OF ROCK 85』

 だが実際はそうならず、アルバムの売り上げも芳しくなく、単独ではチケットがあまり売れないため、仕方なく前座にL.A GUNSをつけることになった。

そのことに、L.A GUNSトレーシーガンズは皮肉っていたのを覚えている。

 トレーシーガンズは、当時のRATTをみて、「バンドのメンバーもうまくいっていない」ということをインタビューで応えていた。
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トレーシーガンズ

 私はバンドのマネージャーでもないし、どううまくいってなかったのかはわかりかねるが、やはりこうった人間関係の倦怠期はあるもので、それを乗り越えてバンド内の関係を上手く改善していく時期にさしかかっていたのである。

 バンドに新しい音楽性を導入してあまりうまくいかず、バンド内も険悪な雰囲気…どうもうまくいかないものである、皮肉なものである。


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  ↑
当時コンサート会場で売られていたTシャツ


 この新作には期待はかけていたがそれほどの売り上げにはならなかった。

 しかし、これまでにない試みをして装飾が増えたことによってRATTの新たな面を垣間見ることが出来たと思っている。

 “Hard Time”“All Or Nothing”といった曲は駄曲だが、先の”Shame Shame Shame”のほか”Scratch That Itch””Top Secret”といったスピーディな曲はまさにRATTらしい佳曲である。

 “One Step Away”ジョンボンジョヴィがバックコーラスで参加した”Heads I Win,Tails You Lose”といった曲風もこれまでになく面白い。

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ジョンボンジョヴィ

 唯一ロビンが中心に手掛けた曲である”Can’t Wait On Love”という曲も“I Want A Woman”ほどではないが輝きがある。



●”Can’t Wait On Love
  ↓



http://www.youtube.com/watch?v=C0Fo_ctUF8E


 それまでのようなプラチナを獲得することは出来なかったが、つまびらかに見ていくとそれなりにいい曲が多いことがわかるし、それなりにハードロックバンドとしての信条であるヘヴィさは維持されている。

pikuchaareko.jpg


アルバムのピクチャーレコード


 しかし、92年にこのバンドが一度解散して、97年に復活するがその時や、99年に出したアルバムは、正直とても聴けない代物である(笑)。

 RATTを信奉する私ですらも、この2作については述べることすらもできない。

 機会があればこの場で述べることになるかもしれないが、おそらくしないだろうと思う。

 他のバンドに他にいいアルバムはいくらでもあるからそちらを述べていくことになるだろうからだ。

 その2作に比べれば、全然聴ける良好なアルバムである。

 このアルバムは酷評に近い言われ方をしていることもあるが、そんなことはない。

 全盛期に比べればそれほど勢いはないが、かなりの回数聴いたアルバムである。

 そのことは明記しておきたい。


RATT 来日公演日程 91
2月7日 大宮ソニックシティ
2月8日 渋谷公会堂
2月11日 横浜文化体育館
2月12日 中野サンプラザホール
2月13日 東京簡易保険ホール
2月14日 東京簡易保険ホール
2月16日 大阪フェスティバルホール


(当時のおもなセットリスト)
1. Intro To Shame※
2. Shame Shame Shame※
3. You’re In Love
4. Scratch That Itch※
5. Wanted Man
6. Slip Of The Lip
7. Back For More
8. Heads I Win,Tails You Lose※
9. Hard Time※
10. Givin’ Yourself Away※
11. The Morning After
12. Lovin’ You’s A Dirty Job※
13. You Think You’re Tough
14. You’re In Trouble

(ENCORE)
1. Lay It Down
2. Top Secret※

※= DETONATOR収録の曲


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RATTの絶頂期を象徴するアルバムはこれだ!
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 84年にデビューし、そのデビューアルバムがいきなり全米7位にまで上がり、総数300万枚を全米で売り、一躍スターになり、ハードロック界を牽引してきたRATTはセカンドアルバム時には日本公演で計17回ものライヴを行い、サードアルバム時にはついに日本武道館公演を実現させることに成功した。

しかし、アルバムを発表するごとに売り上げ枚数は低迷し、次こそはデビュー時のようなヒットを!という期待がかけられていたのが、88年REACH FOR THE SKY の時であった。


アルバム発表ごとにアルバム売上枚数が低迷…とはいえ、セカンドは200万枚、サードもなんだかんだいっても100万枚以上を売ったのである。

今、ハードロックアーティストで100万枚以上を売り上げるバンドが皆無に近いのを考えると、当時の期待は非常に贅沢な期待ともいえるが、それはRATTという成功者への期待感の表れであったとみてもいいだろうと思う。

サードアルバムの世界的な成功の後、2年の間隔を経てアルバムが制作、そして発表された後、すぐに日本ツアーが発表される。

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 当時は邦楽、洋楽問わず、レコードやCDが売れていた時代であり、しかも、どの駅の前にも、必ず2軒以上のレコード店があったものである。

 そのRATTの新譜発表時には、私の家から最寄りの駅の近くにあったレコード店の店頭に彼らのポスターが貼ってあり販促をしていたのである。

 これはいくら邦楽、洋楽問わず、レコードやCDが売れていた時代であっても、並以上に売れているアーティストでなくてはできないことであったことを考えれば、彼らはまだ成功者、バリバリの成功者だったのだ。

 かくいう私は、彼らの新譜をタイムリーで知ったのは、このアルバムからである。

 前作DANCING UNDERCOVERを中古盤で買って聴いてあまりのカッコよさに、一気に虜になり、そしてファンになったのだった。

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DANCING UNDERCOVER

 当然、それくらい良ければ、新譜のREACH FOR THE SKYも買って、聴いた。

前作に劣らず素晴らしい出来であった。

●”City To City”
  ↓



http://www.youtube.com/watch?v=7EaJQTtieTY

 この曲が、このアルバムの最初の曲であり、ライヴでの最初の曲であった。

 私が88年にいったコンサートでもこの曲を観た。 

 やはりアメリカ人にしか作れない曲であるとともに、非常に煌びやかな光彩がこの曲の端々から感じれる。 

 当時はギターヒーローが欧米にたくさんいて日本でも多くのスーパーギタリストが人気を集めていた。

このバンドのギタリストのウォーレンデマルティーニもその1人であったことに間違いはない。

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ウォーレンデマルティーニ 


 この曲でも見事なソロを展開している。

初めて聴いた時も興奮で鳥肌が立ったものである。

 このアルバムは前回までの延長線上にある曲風が大半を占めている。

 この前のアルバムを聴いた時も思ったのが、「このバンドは非常に曲が特徴的で安定しているな」と思ったものである。 

 安定しているのみならず、聴き手を鷲掴みにするような品位がなくてはただの美辞麗句に終わってしまうが、RATTのは聴き惚れるリフとフレーズがあるのである。

●”Way Cool Jr”(全米75位)
  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=Rz-fObyEh7w 

 これまでのRATTの曲風とは違う試みを出そうとしたのか、あるいはこの曲のメインライターであるウォーレンデマルティーニの新たな意向としてなのかはわかりかねるが、ゆっくりとした、しかもブルージーな味の感じれる曲である。 

 この曲は、RATTを代表する曲として、次のアルバムからも、それから先から今までずっとコンサートでは演奏されてきたマテリアルである。

 この次のアルバムのDETONATORの時は、そのブルージーなテイストが増し、これはRATTではない、として批判がなされたが、ブルージーな曲はこのアルバムではこの”Way Cool Jr”だけである。

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DETONATOR』 

 速い曲ではないが、RATTらしい曲風で、曲から醸し出される雰囲気が、あこがれのロックの辺境をほうふつとさせられ、なんともいい気分にさせてくれる。


●”I Want A Woman”

  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=R24AeY0N35E


 この曲がこのアルバムのセカンドシングルである。

 この曲名を訳すと、「俺は女がほしい」ということになる。

「随分いやらしい過激な曲名だな!」と思い、当時中学生だった私は、この曲を友人に教えて一緒に笑ったものだが、今考えればそんなのことで笑っていたのと、そのことに笑えてくる。 

 WHITESNAKE”Slide It In”は「アレをアソコに入れる」という意味だからもっと過激だ(笑)。

slide it in 
  Slide It In

 それはそうとして、このクリップを観ると当時のRATTのすごさが垣間見える。 

 大きな会場でみんなが歓喜している。

 曲からもそういったエナジーが迫ってくる。

躍動感あふれる局展開に、今は亡きロビンクロスビーの高音のロングトーンをフィーチャーしたギターソロが展開されるととても鳥肌が立ったものである。

ロビンクロスビー
ロビンクロスビー

 ハードロックでは、速弾きが当たり前であるが、ただの速弾きでは感動できない。

 聴き手を惹きつけるメロがなくては。 

 ウォーレンに、このロビン、これほどまでに好いギターソロを作り出すギタリストを擁していたのはRATTにとっては貴重な財産であったし、これほどまでの音楽に出会えた自分に幸運を感じないわけにはいかなかった。

 非常にいい曲であると思うが、RATTを代表する先の”Way Cool Jr”にしろ、この曲にしろ、シングルヒットには結びついていない。

 でもそういった曲だけでは曲のいい悪いの判断にはなりかねる。

 彼ら最大のヒットになった”Round & Round” (全米12位)のようなヒットにはなっていないが、それに匹敵するほど、いやそれ以上といっていいほどいい曲だと正直思うが、世間はそう思ってないようである…不思議である、こんないい曲が!

●”Chain Reaction”
  ↓




 非常に疾走感があり、またRATTらしさが満載の佳曲であるが、シングルカットはされていない。

 シングルカットされたのは、後2者のみであるが、隠れた名曲として語られることもあるし、このアルバム発表時の来日公演でもなされた。

 しかし、その後のツアーでは一切なされていない。

 ベストアルバムが発表されるとどうしても、「なぜ、この曲が入っていないの?」と疑問がわくパターンは、どのバンドでもある。 

 RATTのも例外ではない。 

 RATTのベストアルバムにもこの曲はチョイスされていない。 

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 そういう場合は、自分で曲目を編集し、自分独自のベストアルバムを作るべきである。

 当然、RATTのも私は作り、この曲も入れた。

この曲でもウォーレンのソロが光っている。

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 このアルバムの発表後、日本で初のカウントダウンというイベントがおこなわれた。

 それは88年の大晦日に、複数のバンドが集まり演奏し、その後、夜中の12時にカウントダウンを会場の観客も一斉に読み、新年の向かい入れを祝福というものである。

 このイベントに参加したのは、BRITNEY FOX、KINGDOM COME、RATT、BON JOVIであった。

 そのRATTの演奏時の最終曲がこの曲であった。

 その時の公演の模様は、テレビで放映されて、今もその放映をビデオに録画して、今もそのVHSを所有し、それを観て悦に浸っているファンも多いだろう。

 そのイベントには、サードと次のアルバムが大ヒットし、しかもその2つのアルバムからの曲が、2つ日本の電機メーカーの宣伝に使用されたということでも日本でのBON JOVIの人気爆発ということで、そのイベントにはほとんどの人がBON JOVIを観に来ただろうことは間違いない。

ボン ジョヴィ
BON JOVI

特に、そのテレビの宣伝だけで知ってこのイベントに参加した人はRATTなど知らなかっただろうことは間違いない。

RATT?だれそれ?」という人も多かったに違いない。

GRP_0267.jpg 


 しかし、メインのBON JOVIの前にRATTが公演したことによってそのプレイの素晴らしさを堪能できたのではないだろうか?

 特にそのメインギタリストのウォーレンデマルティーニの素晴らしさに! 

 RATTの公演の時には、彼らの代表曲の1つである”Lay It Down”が演奏され、その中間で、ウォーレンのロングギターソロがされた。 

 その際、そのフレーズの良さ、弾き方のカッコよさ、何よりもその上手さに会場の誰もが大きな声援を送っていたのが今でも思い出される。 

 RATTの演奏は、知っていなかった曲が多いせいもあって覚えていないが、彼のそのソロは印象に残っている、という例もあっても不思議ではない。

そのソロが以下である!
    ↓


http://www.youtube.com/watch?v=fsk7swopWoo

 これは、そのイベントの直後におこなわれた単独公演の模様であるが、これと同じことが東京ドームでもなされたのである。

 そのギターの素晴らしさが垣間見れる映像である。

 結果的に、この時のアルバムは全米17位まで上昇し、プラチナム(100万枚)にまで到達するが、期待されたような大ヒットにはならなかった。

 でも4作目にして全米で100万枚を売ったのだから大したものである。

 日本での人気の上下の具合は横ばいだった。

 しかし、ことウォーレンのギタリストとしての人気だけが上昇し、いまはなきMUSIC LIFE』誌におけるギタリスト部門で、ウォーレンの人気が、1位のリッチーサンボラ(BON JOVI)に次ぐ2位にまで上昇したのだ!

ファイル0128
リッチーサンボラ

それは、このギターソロによったとしか思えない。

 88年の12月31日と、89年の1月1日の2日間で計11万人の観衆が彼のソロをみて,その素晴らしさに感動して投票したとしか思えない。 

 このソロのみならず、彼の良さがふんだんに堪能できる曲がこのアルバムにはたくさんはいっている。 

 そんなアルバムであると思ってもらえればいいと思う。

尚、89年の彼らの単独公演日程は以下である。

1月6日 名古屋レインボーホール
1月8日 大阪城ホール
1月9日 福岡サンパレス
1月11日 横浜文化体育館
1月12日 日本武道館

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↑当時の来日公演パンフレット

 BON JOVIの前座とはいえ、東京ドームで2日間公演した後に、この単独公演日程である。

 どれもアリーナばかりである。

 彼らの人気が絶頂であったのがわかる。

 尚、当時の主なセットリストが以下である。

1. City To City※
2. Don’t Bite The Hands That Feeds
3. Slip Of The Lip
4. Wanted Man
5. I Want A Woman
6. The Mornig After
7. Bottom Line
8. Lay It Down
9. You’re In Love
10. Back For More
11. What’s It Gonna Be
12. Body Talk
13. Round & Round
14. Way Cool Jr※
(Encore)
1. You Think You’re Tough
2. Walking The Dog
3. Chain Reaction

※=REACH FOR THE SKYからの曲

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↑当時の来日公演時のTシャツ

 このアルバムが彼らの絶頂期であった。

 売り上げが最高であったという意味ではなく、観客動員数の最高という意味でである。

 なんだかんだいってもこれまで、全部のアルバムは全米プラチナを獲得してきたのであるが、どれもファーストアルバムのようなヒットではなかったのである。

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 そこから再起を図るべく次もアルバムを作るが、その期待通りにはいかなかったのである。

 その理由は次の機会に述べたいと思うが、とにかくこの時のアルバムが彼らの人気の絶頂期だったのだ。

 次のアルバム以降は下降していくことになる。

 だがしかし、そういったことは彼らを支持しない理由にはならない。

 今でも彼らの音楽はこの上なく愛好しているし、最近の来日公演(LOUD PARK 2010』)も堪能してきたし,最近のブートレッグも買って観ている。

 それは彼らの音楽にぞっこんになったからである。


 そんな彼らの絶頂期のアルバムとして、このアルバムを紹介したいのである。

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