HR/HM温故知故
かつて一世を風靡したHR/HMについて、私の個人的な思いいれ、独自な見方、ニッチな情報、そして映像を提示していきます
ファイトの『ウォーオブワーズ』


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war.jpg 
 あともう少しでLOUD PARKが開催される!

 そのLOUD PARKHALFORDとして来日するロブのファンが、勉強しておいた方がいいアルバムが右のWAR OF WORDSである。

 これは、93年ロブが一時期、JUDAS PRIESTを脱退して作ったバンドFIGHTにおいて作られたアルバムである。

 最近でこそ、有名なバンドを脱退して…という事件じみたものがあるが、今となっては別段驚かなくなってしまった私であるが、当時は超驚きであった。

 何故なら、高校時代に、JUDAS PRIESTPAINKILLERを聴いて、あまりの内容の素晴らしさに感動し、学級の大勢の人間たちとその素晴らしさについて大いに語り合ったからである。

 その超感動したバンドのシンガーが脱退、なんていう事件を聞いたら、めちゃくちゃ驚くのは当たり前である。

 最近の事例では、AEROSMITHからスティーヴンタイラーが脱退し全世界を驚かせたが、すぐにまたバンドに戻った。

90年代の半ばブルースディッキンソンIRON MAIDENを脱退し世間を驚かせたが間もなくバンドに復帰した。

RATTから90年代の後半にシンガーであるスティーヴンパーシーが脱退するも2007年に戻った。

 こういう事例をたくさん見ていけば、「有名バンドからシンガーや首脳格のメンバーが脱退してもいずれ戻るんだ」というふうに、一時的なものとみなせるが、HR/HMを知りたての頃の私は、もの凄いショックを隠しきれなかったのである。

 この当時はロブの例はもちろん、MOTLEY CRUEからヴィンス二―ルが脱退して、ソロアルバムを出してワールドツアーを敢行!なんていう頃であったので、二重でショックだったのである。

 勿論、のちにMOTLEY CRUEヴィンスは戻り、JUDAS PRIESTにもロブは戻ることになる。

 このFIGHTWAR OF WORDSアルバムに、 ”Reality,But Beginning”という曲もあるように、当時JUDASを脱退したロブの心境を忠実に語った内容のしであるような感じがするのは私だけではないであろう!

 そのアルバムは血気迫るものを感じざるを得ないであろう!

 時は93年、既にハードロックは陰りを見せ、へヴィメタル勢が活躍できる素地が充分に広がっていた時代であった。

 JUDASでの前作PAINKILLERでは、スラッシュの様式を模倣したが、このWAR OF WORDSにおいては、その方法論はとらなかった。

 ちょうどそれまであまり名の知られていなかったPANTERA(左下図)がVULGAR DISPLAY OF POWER全米チャートの44位にまで上昇し、ダブルプラチナムを獲得していた頃であった。
pan.jpg

 また、91年SKID ROWがセカンドアルバムを初登場ナンバーワンを獲得し、そのワールドツアーが終わろうとしていたころでもあった。

rob 93 
 94年 FIGHT 最初で最後の来日公演日程 

 2月14日 川崎クラブチッタ
 2月15日 仙台イズミティ21
 2月17日 東京厚生年金会館
 2月18日 東京厚生年金会館
 2月19日 東京厚生年金会館
 2月21日 愛知県勤労会館
 2月22日 大阪サンケイホール


 











 こういった自分よりも若いバンドからも積極的に要素を取り入れる姿勢が、ロブの音楽からも読み取れる。音楽性しかりファッションにもしかりである。

 こういったバンドのステージにも現れて、一緒にジャムったりもしていたロブである。



 その音楽に対する貪欲さ、若いからといって除外したりしない謙虚な姿勢には本当に脱帽!

 
と言わざるを得ない。あえて新しいもの、自分にはないものを貪欲に取り入れようとしているのであろうか。

 そのせいかFIGHTでは、ドラマーのスコットトラビス以外、全部当時20歳の若者ばかりであった。

 ソロ活動というのは、それまでのバンドではできなかったことをやるということで敢行するパターンが少なからずある。 

 
ロブのこのFIGHTにもそいう動機が見て取れる。

fight.jpg 


93年当時のFIGHTのセットリストを記載しておこう。
  ↓
Into The Pit
War Of Words
Life In Black
Kill It
Immortal Sin
Laid To Rest
Contortion
For All Eternity
Nail To The Gun
Vicious
Light Come Out Of Black
Little Crazy
Reality ,A New Beginning

(ENCORE)

Sympton Of Universe※
Sweet Leaf※
Freewheel Burning※※
Solar Angels ※※
Green Manalishi※※
Blood Stone
(※BLACK SABBATHの曲、※※JUDASの曲、それ以外はFIGHTである)


 PANTERAはスラッシュメタルとは違うギターリフのソリッド感があり、スラッシュのそれよりも重く恍惚感がある。

 
FIGHTロブがした方法論はそのPANTERAのものよりも若干重くした感じと、私は受け取った。

 その代表として、いきなりのスピード感ある出だしの“Into The Pit”は嬉しい限りである! 

 


 ●”Into The Pit”
  ↓



また、 “Nail To The Gun”も同様である。

●”Nail To The Gun”
  ↓



 この2曲は、のちのHALFORDにおいても演奏されていた。

 今年のツアーでもおそらく演るのではないだろうか。


 中高域の音でかつ、勢いを終始落とさずに攻めまくる”Kill It”も傑作だ!

 当時は、ドンヨリダークな音楽が台頭していた。

 それを取り入れた重ーいドロドロとしたブルータリーな一歩違えばデスメタルにもなりかねない雰囲気のあるものもある。

 だが決して悪くはない佳曲に仕上がった。

 
それが” Contortion”である。

 また、ミドルテンポだがギターのグル―ヴ感が気持ちいい“War Of Words”は名曲だ。

 これらはJUDAS PRIESTにおいては決して出来なかった曲であろう。

 
JUDASを飛び出したからこそ生成が可能であった曲である。

 こういった曲の変化はかならず文句をつける輩がいるが、私は変化は、曲が良ければどんなことをしてもかまわないと思う。

 JUDASのテイストがある。 

 ”Immortal Sin”がそれである。

●”Immortal Sin”
  ↓



 この曲を聴くとJUDASでのロブの姿が見え隠れする。 

 ” For All Eternity”
も同様に。


 ただ、DEF LEPPARD症候群というのか、駄曲がアルバム後半に何曲かある。

 このアルバムはJUDASではできなかったことをしようという動機で始めたプロジェクトであるが、それを押し進め過ぎた結果か、当時台頭していたグランジを意識し過ぎていたせいか、ミドルテンポの駄曲が若干あり、それが鼻につく観は否めない。

 それがセットリストの前半に来てしまっていて、そこでスピーディな曲が盛り上げ、またミドルの駄曲が入り、またスピーディな曲で盛り上げる、という構図になってしまっている。

 これが正直なところである。

 だがJUDASを出て新たな試みをしたプロジェクトとしてのバンド、という面では一目置くに値するアルバムであるし、厳として佳曲は存在する!

 それが、 “Into The Pit”  “War Of Words”  “Immortal Sin”  “Vicious”  “Reality , A New Beginning”である。

 それは確実に言えることである。

 これらの名曲を忘れられては困るのである。

 
それが私が言いたいことである。

robert 93

 新しいもの好きのロブが、それまでの鋼鉄の鎧を脱ぎ棄て、半袖Tシャツに短パンのいでたち、そしてJUDAS時代にはなかった空間を切り裂きへヴィなリフで押しまくる曲を強く印象づけたアルバムを出してくれた。

 
そのデビュー作は、駄曲が後半に集中してしまった観があるが、良い曲も多数あったのは間違いない。

 次は佳曲だらけのアルバムにしてくれるだろうと思っていたが、そうはならなかった。

 その期待は、前回リポートしたHALFORDRESSURECTION (下図)において結実することになる。

ressurection.jpg


 ロブは決して一つのことにこだわったりはしない。いつもライヴではサプライズを用意しているのだ。

 そのサプライズがなんであるかは紐を解いてみるまではわからない。

 2001年の来日時のような同じセットリストをするとは思えない。

 そのサプライズでは、このアルバムからの曲もやるのではないか、そんなことをひそかに期待しているのである。

 そのHALFORDが出演するLOUD PARKのチケットはコチラ!
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 (Do You Wanna Buy?)
    
上記4つの曲を収録した佳曲の多いロブ生涯初のプロジェクトバンドの作品。

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9月25日26日 さいたまスーパーアリーナでの公演も決まったMETALLICAの公演も決定!
メタリカ 

10月16日17日 KORNOZZYがそれぞれヘッドライナーに決定したLOUD PARK

16日HALFORD、STONE SOUR、ACCEPT、RATTなど
17日MOTORHEAD、AVENGED 7FOLD、ANGRAなどが参戦決定!
その他の、参加バンドは以下を見てチェック!

loud park



11月30日 12月1日 東京ドーム公演が決まったBON JOVI!
BON JOVI


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ハルフォードを振り返る!『ROCK IN RIOⅢ』
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rock in rio 2001
 ついに来月にHALFORDLOUD PARKセカンドビルとして参戦する。

その前に、HALFORDの予習をしておくのも、良いだろう!

しかし、ロブハルフォードは精力的だ!

 2年前に、JUDAS PRIESTとして単独公演で来日し、昨年はBRITISH STEEL完全再現をしに、 『LOUD PARK』にヘッドライナーとして来日公演を行い、今年はソロとして『LOUD PARK』に来日公演をおこないに来るとは…

今年も開催された『OZZFEST』にはOZZY OSBOURNE、MOTLEY CRUEに次ぐサードビルとして参戦している。

その映像がコチラである!




 HALFORDは、もちろんロブハルフォードのソロプロジェクトであるが、そこでやられる曲は、JUDAS PRIESTのもあるが、半分以上は彼のソロのキャリアからのものである。 

  93年にソロ活動の一環として始めたFIGHTは、ドラマーのスコットトラヴィス(JUDASPRIEST)以外、当時20歳ばかりの新人たちを集めて作ったバンドで、ファーストのWAR OF WORDS (下図)アルバムは疾走感溢れるまさしくロブらしいアルバムで、ここ日本においても好評を博し、好調なセールを記録し、中規模のホールにおいて来日公演もおこなわれ
た。
fight.jpg

 しかし、次のSMALL DEADLY SPACE (下図)は当時の音楽シーンをまともに取り入れた音楽性が全面に出過ぎて、ファースト時の疾走感もなく、のんべんだらりとした作風で、決して悪くはないのだが、気だるさが抜けないアルバムであったのは否めない。

 
なんでも試してみる好奇心溢れるロブの気質がここであだとなってしまう。

 このアルバムは、ファースト並みのセールスを博すことが出来ずに、レコード会社から契約を打ち切られてしまう。

 
有名なエピソードがある。

 この時、食いっぷちがなくなったロブは、JUDAS PRIESTのメンバーに電話をし、「再びメンバーとして戻らせてもらえないか?」と尋ねたが、JUDASのメンバーはにべもなく断ったという。

small deadly space

 ここで、再び再起をかけ、ロブは新しいプロジェクトを掲げ、TWOなるバンドを始める。

 しかし、私は、このアルバムは聴いていない。

 何故なら、このアルバムは雑誌で酷評されていたし、この当時はHR/HR全般に良いものが少なくて、本当に失望していたからである。
 

 聴きもせずに、酷評するのは好きではないので、いつか聴いてみたいとは思うが、それがいつになるかは自分でもわからない。

 しかし、このTWOの次のHALFORDこそ、本当の完全復活と呼ぶにふさわしいバンドである。

その時に発表されたRESSURECTION(下図)は最高の出来である!

ressurection.jpg

 93年のFIGHTWAR OF WORDSから数えて7年、長かったといえば実に長い年月であった!

 今、聴き返して思うのは、ロブの魅力が最大限に発揮されたアルバムであるということである。

 へヴィなサウンドに打ち負けない強靭な声は勿論、何色もの声を使い分けるその歌唱力には相変わらず感服する。

 
当時、とても50近くになろうとする人間のワザとは思えない。

 JUDAS PRIESTにはない緊張感に加えリフの多様性に目を見張るものがある”Ressurection””Made In Hell” 、

 新境地を開拓した風怪な“Night Fall”

 奇怪な雰囲気を擁する”Silent Scream”

 初期JUDASのような作風の”Cyber World“

 など聴きどころは多い!

iron maiden sepultura.jpg deftones.jpg

 2001年ROCK IN RIOHALFORDが参戦した時は、確か、

DEFTONES
SEPULTURA
HALFORD
IRON MAIDEN

 の順で、開催された。

 この年の映像をそのまま全部オフィシャルDVDで出してくれればいいのにと思わざるを得ない。

(ちなみにIRON MAIDENのこの時の映像はROCK IN RIO 2001としてオフィシャルDVD、CDで両方出ている。)

meiden.jpg 

 この時、HALFORDRESSURECTIONからは、実に6曲もやっている。

 いずれも佳曲である!

 しかし、不思議である。

 いずれもロブが、JUDASを離れてやったソロのアルバムはいずれもいいものばかりである。

 しかし、ひとたびJUDASに戻ってしまえば、もう昔のこととして忘れ去られてしまう。

 
FIGHTにしろHALFORDにしろ、いずれのアルバムも入手困難になってしまう。

 ソロ活動は、それまでのバンドでは出来ないことをずっと心の中に抱えていて、それをバンドを離れてするという発露する場合がほとんどである。

 そのせいであろうか、それまでのバンドにはない作風のものがたくさんある。

 しかし、出来は悪くはない。

 それどころか、それまでのバンドを凌駕するものさえある

 
なのに、またそれまでのバンドに戻ってしまえば何もなかったかのように忘れ去られてしまう。

 こういっ名曲がJUDASで演奏されることもない。

 アルバムも突然売れなくなる。

 非常にもったいない話である!  
 

●"Ressurection"
  ↓



  ロブが、RESSURECTION をだした時に、来日公演をおこなったが、その時は、中級ホール(2000人前後)で3日であった。

  同時期に、ロブを欠いたJUDAS PRIESTも来日公演をおこなったが、同じ規模だったのを覚えている。

 しかし、2004年ロブJUDAS PRIESTに復帰するや14000人収容日本武道館2日間満員にしてしまった。

 それ以来、JUDAS武道館公演を維持している。

 やはり、ロブ=JUDAS PRIESTという図式が、ファンの中に出来てしまっているのだろうか。

 BON JOVIも事情は同じで、バンドが来日公演をおこなえば東京ドームを制覇することが出来るが、ジョンボンジョヴィがソロ来日公演をしても日本武道館でしかできない。

robert.jpg 

 だが、虚心坦懐にロブのソロのアルバムを聴いてみて欲しい!

 上に挙げたどの作品も、JUDASにはない良い曲に溢れている。

 演奏力も全然劣らない、それどころか、まさっているところもあるのである。

 名が浸透していないせいか、このツアーで参加しているドラマーのボビ―ジャーゾンべクは話題に上ることがないが、超一流のドラマーであることに間違いはない!


●“Into The Pit”

  ↓




 このHALFORDを見てわかるのは、HALFORDになくてJUDASにあるものといえば、

 絶妙のタイミングで紡ぎだすケンとグレンのリフの重なりあいで奏されるギターメロディの快適な感覚であろうか。

 それでも、オフィシャル化によって音をある程度プデュースするので、結果はどうかわからないし、断定も出来ない。

 慣れ親しんだメンバーでなく、違うメンバーが出場したりすると、誰もがはじめは拒否反応を脳がしてしまうのは、古今東西変わらない事実のようだ。

 そのメンバーの状態が浸透するまえに、HALFORDが解散し、またロブJUDASに復帰して、この頃の栄光の日々が忘れられてしまったのは、何とも残念としか言いようがない。

 今回、HALFORDのメンバーとして来日が決まっているのは、 ROCK IN RIO 2001に参加していたメンバーのマイククラシアクロイZ(G)、マイクデイヴィス(B)、ボビ―ジャーゾンべク(D)である!  
 

●"Breaking The Law"
  ↓

 

この当時のメンバーの素晴らしさを語る意味でも、また今回の来日公演での予習をする意味でも、おススメなのは以下のDVDである!

(ROCK IN RIO,2001 set list)

Ressurection※
Mede In Hell※
Locked And Loaded※
Into The Pit※※
Nail To The Gun※※
Staind
Jewbreaker
Silent Scream※
Cyber World※
Nightfall※
Metal God
Breaking The Law
(※ HALFORDからの選曲、※※ FIGHT からの選曲)



  ↑
 これは、 リージョンコード1のDVDが見れる以下のプレイヤーがないとダメです!
 

 しかし、メタルファンは、 海外のリージョン違いの廉価DVDがたくさんありますので、1家に1台の購入は必須と思います!

 安いですし(笑)
   ↓



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デフレパードとホワイトスネイク

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df ws 

 2008年、遂にDEF LEPPARDWHITESNAKEという夢のコラボツアーが実現した!

 共に英国が誇るスーパーバンドである。そして、共に80年代に世界中においてアルバムがミリオンセールを記録したバンドである!

 それから20年が経ったこの年に、この2大バンドの共演が実現したが、当時のようなミリオンセールをあげることはできていないが、それは私自身もバンド自身も気にしていないであろう。

 アルバム発表の回数を重ねれば、当然需要は少なくなり、需要逓減の法則が働くことになるのだ。

 逓減したことによって、彼らが残した偉業は色褪せることはないし、逆に時間の経過とともに、また昔のアルバムを聴くごとに彼らの偉業の素晴らしさが浮き彫りになっていく感じがするのは、決して私だけではないはずである。 

ファイル0041


  実はこの両者、1980年のイギリスのREADING FESTIVALにおいて共演していたのである。

 当時はWHITESNAKEヘッドライナーDEF LEPPARDSLADEの後の出演であるセカンドビルの扱いであった。

ws 80 1980.jpg slade.jpg

 当時のWHITESNAKEは名曲“Fool For Your Loving”を含むREADY AN’ WILLING (下図)が全英で6位をマークするヒット作になり、

 かたやDEF LEPPARDON THROUGH THE NIGHT (下図)でデビューしたばかりの新人であったが、このアルバムは全英15位と健闘したのである。

 しかも、デビューで由緒あるフェスにセカンドビルをつとめたのだから、彼らの業績は讃えるべきものであろう!

ready an willing on through the night

 アメリカでの売り上げの分岐点となったWHITESNAKEWHITESNAKEDEF LEPPARDPYROMANIAこそ全米で1000万枚を売り、同数であったが,

pyromania.jpg 白蛇の紋章

 次のSLIP OF THE TONGUE300万枚 『HYSTERIA1300万枚、また次のRESTLESS HEARTはアメリカでは発売されず、一方ADRENALIZE300万枚と大きく差をつけられてしまった観のあるWHITESNAKEであったが、

 最新の来日公演においては、2002年にはDEF LEPPARDは東京では1600人収容渋谷公会堂で3日間しかできなかったが、2006年WHITESNAKE6700人収容東京国際フォーラムで敢行したところを見て、

 「日本ではWHITESNAKEの人気のほうが根強く、ヘッドライナーになるんではないだろうか?」

 とおもっていたがそうではなかったようだ。

hysteria.jpg スリップオブ

 やはり、来日公演においても需要逓減の法則が働いていたようで、アルバム発表ごとに来日公演をしていれば、観客のほうにも「前行ったから今度はパスしよう!」という気になってしまうものなのである。

 決して人気が下がったわけではなかったのである。

 
BON JOVIのように来日公演が決定すれば、必ず東京ドームという例は例外なのである。

good to be bad

 そのことを、観客として足を運んだ私は実感したものである。

 この時、WHITESNAKEが発表したニューアルバムBAD TO BE GOOD (左上図)は全米でどのくらい行ったかは調べても出てこないが、WHITESNAKEのファンサイトでは「全世界で710000枚」を売ったそうである。

 今の時世で710000枚は決して悪くない!

ハードロックが全盛であった80年代の後半に発表すれば、200万枚は売れていただろう!

そう思わせるくらい出来の良いアルバムである。

ws 2008 


まずはこの曲から始まった!



 
このYouTube を見ると、コンサート時の興奮がよみがえり、思わず嬉しくなる! 

 しかし、観客は30代半ばから40代後半くらいまでが大半であった。

 そういった客は、今会社や育児に忙しく、ニューアルバムを買って聴いてきたことは想像に難しい。 

 良いミドルテンポの曲で私自身好きだが、最初に持ってくる曲に相応しいかは疑問である。

 場内が暗転したとたんに興奮が最高潮に達したが、曲の経過とともに興奮が薄れていったのを覚えている。

”Bad Boys””Slip Of The Tongue””Burn”といったスピーディなものをもってくるべきだったと思う。 

 2004年デヴィッドカヴァーデールの前のバンドであるDEEP PURPLE在籍時の
”Burn”をいきなりもってきてファンを驚かせたが、今回も”Ain’t Gonna Cry No More””The Deeper The Love”といった最近15年以上やってないない昔の名曲を持ってきて嬉しさひとしおであった!

 ニューアルバムであるBAD TO BE GOODからは、白蛇健在なりをアピールしなきゃとばかり4曲が演奏され、先ほどの“Best Years”は勿論、クリップにもなった”Lay Down Your Love”も、 ”Can You Hear The Wind Blows”も出来も反応も充分であったが、 ”A Fool In Love”はやめた方がよかったと思う。

 この曲や、嫌いではないが未だ好きになれない”Ain’t No Love In The Heart Of The City”がはじまった時には座りだす人も多くいた。

 しかし、次の”Give Me All Your Love”からは事態が急変する!

 観客もこれは歌わずにいられないとばかりに立ちあがり、拳をふりあげて合唱する。

 そして次の”Here I Go Again”では場内が最高潮の気分に発展し、これまで以上の合唱の声が高まり手拍子を振りかざす!



 次の最終曲(と観客もわかっているのだろう。

 この曲以外の終わり方はこの20年以来全然なかったのだから。

 ”Still Of The Night”においては、あのMTVでこのクリップをみて青春時代を過ごしてきた人たちばかりであろう、あの頃の興奮を思い切りぶつけていこうと決心したのか、興奮をみずからおさえきれないといった観を呈した人をもの凄いたくさん見た。 

 あの時代をもう一度!

そんな感情が高まった瞬間であった!


WHITESNAKE
set list 10,23.2008
Best Years
Fool For Your Loving
Can You Hear The Wind Blow
Love Ain’t No Stranger
Lay Down Your Love
The Deeper The Love
Is This Love
Guitar Solo
A Fool In Love
Ain’t Gonna Cry No More
Ain’t No Love In The Heart Of The City
Give Me All Your Love
Here I Go Again
Still Of The Nght


sparkle lounge

 次のDEF LEPPARDが始まった瞬間、前回の2002年のコンサートにおいては、需要逓減の法則が働いていただけのことだったんだと思ったのである。

 彼らのニューアルバムSONGS FROM SPARKLE LOUNGE (左上図)は全米で5位、全英で10位にまで上昇した!

 WHITESNAKEのニューアルバムが何位までいったか確かめようもないが、この数字にいってないことだけは確かであろう。しかし、全米や全英のみならずこの日本でもDEF LEPPARDの人気の高さを垣間見た気がした。

 初めの1曲目は”Rocket”であったが、この曲の反応からしてあまりにも高い。

 これは言わずと知れたHYSTERIAからのヒットシングルであることからして反応がすこぶる良い!

 曲の密度が濃い!

 
観客全員が声を高らかにして合唱する。



hysteria.jpg
 HYSTERIAの凄さを侮るなかれ!

 このアルバムはもの凄い売れたアルバムであることは間違いないが、その詳細について語られることが少ない。

 このアルバムは全米だけで1300万枚を売り上げているのである!

 DEF LEPPRADのこれまでのスタジオアルバムの全米での売り上げ総数は2700万枚であり、BON JOVIのそれは2950万枚と250万枚の差で負けているが、こと最高の売り上げを誇った下図のSLIPPERY WHEN WET1200万枚HYSTERIAは、うわまわっているのである!

 その枚数、実に1300万枚である!

 しかも6つのシングルカットがなされたアルバムである。

 6つもシングルカットできたアルバムは、音楽業界全体を見回してもそんなあるものではない。

 私の知る限り、このHYSTERIAだけである。

 そのことにもっと注目すべきではないだろうか?

ワイルドインザ

 その次の”Animal”も同様HYSTERIAからの選曲であるが、サビの前のところで、ジョ―エリオットが手拍子をパンパンッと打つと、観客もそれを真似するように手拍子を打つ!

 
曲の良さや内容の濃さに加え、こういったライヴでのアーティストと観客が一体になれる瞬間こそがコンサートの醍醐味ではないだろうか?

 このコンサートにおいてHYSTERIAからは6曲が演奏され、 PYROMANIAからは3曲、 ADRENALIZEDからは2曲と、DEF LEPPARD史上売れた3大アルバムからは計11曲と、これだけでもベストライヴ、グレイテストヒッツライヴと呼ぶに値するライヴである。

 先のWHITESNAKEにおいては観客が座ってしまう場面があったが、私の周りを見た限り、DEF LEPPARDの時に座る人は1人もいなかった。

 みんな緊張を途切れることなく、合唱をし、拳をふりあげていた。



 そして、アンコールの後、 『ADRENALIZEDからのキャッチーで気分が高揚してしまう”Let’s Get Rocked”でこのジョイントコンサートは終了した。

DEF LEPPARD set list
Rocket
C’mon C’mon
Animal
Nine Lives
Make Love Like A Man
Love Bites
Rock On
Two Step Behind
Brigin’ On A Heartbreak
Switch 625
Hysteria
Armageddon It
Photograph
Pour Some Sugar On Me
Rock Of Ages

Bad Actress
Let’s Get Rocked


dl 2008 思えば、DEF LEPPARDWHITESNAKEのように、テクニカルなギターテクニックで聴き手を魅了してきたバンドではない。

 むしろ、キャッチーで親しみやすいメロやサビのある曲で人気を獲得してきたバンドである。

 そういった点からいえば、DEF LEPPARDはテクニックにおいては1枚劣っているといえるであろう。

 しかし、バンドを好きになるかどうかは、最後は曲の良さであることは間違いない。

 
そういった良い曲を量産してきたからこそ、DEF LEPPARDは今日の地位を獲得してきたといっても良いだろう。

 これまでの彼らの偉業をを垣間見れば、これからも永遠にその良さは語り継がれるだろう!

 この日本公演の後、この2バンドは、本国イギリスに戻り、ド二ントンにおけるMONSTERS OF ROCK改め、  DOWNLOAD FESTIVALにおいて共演した。

 勿論、ヘッドライナーはDEF LEPPARDである。


 意外にも、DEF LEPPARDがド二ントンにおいてヘッドライナーをつとめるのは、これが最初だった。

download.jpg 

 ただ、このコンサートにおいて思ったのは、この2バンドを見に来たファンは

WHITESNAKEDEF LEPPARDのコラボ」

 ということで80年代のあのヒット時代のノスタルジーを求めてきた、ということではないだろうか。 

 であるからこそ、2バンドともニューアルバムからのチューンの反応はイマイチだったのではないだろうか?

 DEF LEPPARDのはまさしくヒットチューンばかりでグレイテストヒッツライヴのような観を呈していたが、WHITESNAKEのはそうではなかった。

 そうなれば、80年代後半当時のヒットアルバムからの曲を多数やってもらえれば、もっと反応は良かったのではないかと悔やまれる!

 あんな良いSLIP OF THE TONGUEからは1曲、しかもアコースティックバージョンでしかやっていないのは悔やまれるばかりである。

 また、思ったのは、

 WHITESNAKE”Fool For Your Loving””Is This Love””Here I Go Again””Still Of The Night”または、DEF LEPPARD”Animal””Amageddon It””Make Love Like A Man””Rock Of Ages”といった名曲のときには、会場の全員が手を振り上げ共に合唱していた!

 勿論,これらの曲を熟知しているからこそ出来るのは当たり前である。 

 しかし、私が足を運んだ東京の日本武道館は収容人数14000人である。それを2日敢行されたので28000人がきたことになる。

 しかしWHITESNAKEの前回の東京の来日公演は6700人収容の東京国際フォーラム であった。

 一方、DEF LEPPARDの前回は東京で1600人収容の渋谷公会堂3日しかしてない。計4800人である。 

 何故この人たちは前回の来日公演で足を運ばなかったんだ、ファンなのに…という疑問が起こる。

 やはり、需要逓減の法則が働いてるんだ、と思わずにいられない。 

 前回見たから今回はいいやという消費者の気持ち汲んだうえでの公演の決定だったのであろう。

 だがこのジョイントツアーの盛況ぶりを見て、決してファンをやめたわけではないんだな、ということが分かった。 

 ならばコンサート業界は

 「前回見たから今回はいいや」という消費者をコンサートに向かわせる気にさせる興業をこなすことが、これからの課題になってくるのであろう。

 その1つがジョイントツアーであることがわかった。

motori-.jpg ratt.jpg

 ならばコンサート業界の人に提言したい。

 このDEF LEPPARDWHITESNAKEの次には、

 MOTLEY CRUERATTのジョイントツアーを敢行してくれ!と。 

 RATT85年に、2回目の公演にもかかわらず日本国内で17か所での公演を実現するというとんでもない偉業を成し遂げ、次の来日公演では日本武道館2デイズを達成した。

 次の89年の来日公演でも、2日間の東京ドームでのBON JOVIの前座をつとめた後にもかかわらず、武道館での公演を実現させた。

 かたやMOTLEY CRUEも、RATTと並びL.Aメタルの代表バンドとして80年代の中ごろから全米でのアルバムチャートを席巻し87年発表のGIRLS、GIRLS、GIRLSの時にも、続くDR,FEELGOODの時にも日本武道館での3デイズを達成している。

 このアルバム時以来、これらのアルバム以上の売り上げを達成出来てはいないが、今回のデフレパ等の例にもあるように、需要逓減の法則が働いているだけのことである。

 いまだに世界および日本での彼らの人気ぶりは凄まじい!

 このように、はじめは同格だったMOTLEY CRUEに時とともに水をあけられたRATTであるが、はじめの頃の人気は凄まじかったのである。

 ときともに水をあけられたのは、その音楽性にある。

 彼らの音楽性は「L.Aメタル」という枠内を出るものでなかった。

 
しかし、MOTLEY CRUEはそこから出て、自ら新しい要素をふんだんに取り入れてバラードあり、メロウありの新しい音楽を開拓したとともに、新しいファンを獲得出来たのである。

 
だが、RATTはそのシンガーの狭い声域ゆえにそれが不可能であった。

 
それが彼らが、MOTLEY CRUEのように、ビッグになれなかった理由である。

 しかし、MOTLEY CRUEのファンは初めの頃はRATTを買って聴いていたはずである!

 
同じような音楽性からスタートしたし、同じ年代からスタートした存在であったからだ、しかし、毎回同じような曲風に飽きてアルバムを買うのをためらってきたのではないだろうか?

 であるならば、MOTLEYのファンに潜在的なRATTのファンは数え切れないほどいるはずである。

 
であるならば、この2大バンドのジョイントツアーを敢行すれば、また再び武道館でのコンサートは全然可能であるといえる。

 勿論ヘッドライナーはMOTLEYだが。

 MOTLEYのファンは久しぶりにRATTの曲を聴きたいな、観たいなと思うはずである。

 このジョイントツアーが敢行されれば、MOTLEYのファンとともに”Round & Round”は勿論、 “You’re In Love””Lay It Down””Wanted Man””Dance””I Want A Woman””Slip Of The Lip”といった名曲の大合唱が見られるのではないだろうか?
 
 このジョイントツアーによって、89年以来一度も踏んでいない日本武道館RATTに再び踏ましてあげたいと思うのは私だけであろうか…いや、そんなことはない!







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9月25日26日 さいたまスーパーアリーナでの公演も決まったMETALLICAの公演も決定!
メタリカ 

10月16日17日 KORNOZZYがそれぞれヘッドライナーに決定したLOUD PARK

16日HALFORD、STONE SOUR、ACCEPT、RATTなど
17日MOTORHEAD、AVENGED 7FOLD、ANGRAなどが参戦決定!
その他の、参加バンドは以下を見てチェック!

loud park



11月30日 12月1日 東京ドーム公演が決まったBON JOVI!
BON JOVI


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メタリカとオジ―オズボーン

ピクチャ(jpg).. 

OZZY OSBOURNEMETALLICAの共演が2008年についに実現した!

metallic download

 この年のOZZFESTにおいてである。 

 OZZY OSBOURNEへヴィメタルの創始者であるBLACK SABBATHの初代ヴォーカリスト

かたや

METALLICAメタルの帝王である。

 こんな夢のような共演が実現していたとは全く驚きの一言に尽きる!

 何故、この共演が日本で出来なかったのか、残念で仕方がない。

 実現していれば、東京ドームで2日間開催が余裕でできたに違いない!

 
しかし、METALLICAがヘッドライナー以外でフェスに参加したのはいつ以来であろうか?

実はこの両者、既に共演が実現していた!

それは86年OZZYULTIMATE SIN(下図)リリースに伴う、イギリスツアーの前座としてMETALLICAが抜擢された時であった。

ultimate sin 

 METALLICAMASTER OF PUPPETS (下図)がようやく全米でゴールドをあげれた中堅へヴィメタルバンドにすぎなかった。

master of puppets

その前座をつとめた時の映像が以下




そして、当時のオジーの映像がこちらである
   ↓


 しかし、時は2008年

 全くMETALLICAの地位は86年の時とは比べるまでもない、とんでもなく大変異をとげて世界的に音楽の様相を変異させた!

 いってみれば手のつけられないビッグ過ぎる存在にまで成り上がってOZZYの前に立ちはだかっていたのである。

metallica and ozz 86 
86年METALLICAオジー


 前の項で、91年には

 THUNDER、TESLA、EUROPE

 
といったハードロックバンドを前座にして東京ドームにてFINAL COUNTDOWNのトリを務め、

 2006年には

AVENGED 7FOLD、ZEBRAHEAD、STONE SOUR、DEFTONES

 
といったへヴィメタル、ミクスチャー、ラウドといった様々なジャンルを擁したバンドを前座にしたSUMMER SONICにおいてトリを務めたMETALLICAの雄姿を見て、

 「ジャンルを超えて、世代を超えてフェスでヘッドライナーをつとめれるバンドは世界ひろしといえどもこのMETALLICAとオジーオズボーン擁するBLACK SABBATHくらいのものではないか?」

 などと思ったと書いたが、その2つのバンド(厳密にはちょっと違うが)の共演が実現したのである!

 私には驚きであった。


 OZZYのこれまでのスタジオアルバムのアメリカだけの売り上げ総枚数は1950万枚であるが、

 METALLICAのそれは4800万枚で、

OZZYのそれを倍以上引き離している。

 だが、ヘッドライナーは勿論OZZYである。

 地位的なものもあり、どちらが歓声がおおきかったかは予想しにくい。




 1970年にオジーオズボーンがBLACK SABBATHでデビューした。

 そのときのデビューアルバムであるBLACK SABBATHから脱退する最後の8枚目のNEVER SAY DIEまでのアルバムはすべて全米でプラチナディスク(100万枚)を獲得している。

 
アルバムによっては、400万枚200万枚以上を売り上げているものも勿論ある。

 今でこそ100万枚以上の売り上げなど珍しくもなんともないが、1960年代後半から70年代の、当時の流行を考えれば、ポップやギターの音が薄いロックしかなかった。

 そこにおいて

 BLACK SABBATHのようなへヴィでダ―クでおどろおどろしいミュージックなど他に例を見ず、当時はいかがわしい、胡散 臭い、怪しい異端児的な存在であったことは間違いない!

 
そういった風潮のなかで、そんなニューミュージックを世に出してプ ラチナディスク以上を獲得したというのは、特筆に値する!

初期サバス kuroiannsokubi.jpg
↑ デビュー当時のBLACK SABBATHとデビューアルバム

 流行にのって、その流行の音楽でプラチナを獲得するよりも非常に価値は高いし、多くの人々の心に強烈な印象を残すことは間違いない。

 BLACK SABBATHをみて、へヴィメタルをやろうと決心してメジャーなアーティストになった例はいくつあるかしれない。

 
METALLICAもその一つである。

 
その敬意をこめて彼らはカヴァーアルバムGARAGE INC (右下図)において“Sabbra Cadabra”をカヴァーしている。

garage inc
 METALLICA86年当時とはうってかわってとんでもない存在になった引き金となったのは、勿論91年METALLICA』(ブラックアルバム)にほかならない。

 このアルバムの特徴は、

へヴィで重量感溢れるギターリフが印象的で、ハードロックにキッズにも受け入れやすいキャッチーなメロディを擁していて、全体的にミドルテンポの曲が多い、という点に尽きる。

 私もこのアルバムを聴いてMETALLICAのファンになった。

 このアルバムが全米初登場ナンバーワンを獲得し、今までに全米で1500万枚、全世界で2000万枚以上を売り上げているのである。

●そのMETALLICAアルバムからの超名曲が以下!
    ↓



 これほどの売り上げをとばせば、このアルバムを追随しようとするアーティストやバンドが大勢出てきても全然不思議はなく、このアルバム発表後に、このアルバムの特徴である、へヴィでダーク、そしてミドルテンポを特徴とする音楽が世界中で蔓延したのはみなさんご存知の通りであろう。

 
その音楽は、グランジ.オルタナなどと呼ばれた。そして、ドゥームメタルなる音楽も勃興した。

 その発端はあのMETALLICAであることは間違いない!

 METALLICAが、それくらいの影響力を持つようなバンドになったということは、まさしく想像を絶するほどの巨大な神をも超えた存在になったといっても過言ではないであろう!

ブラックアルバム そんな、90年代の半ばのグランジオルタナ、ドゥームメタルの隆盛のなか、

そのドゥームメタルの創始者的存在はだれか?

 ルーツはどこにあるか?


という多くの人々の関心が引き起こされ、OZZYBLACK SABBATHが注目の的になったのである!

 この頃の、グランジオルタナ、ドゥームメタルの隆盛のなかにあったからこそ、OZZYBLACK SABBATHが時代を牽引する存在として白羽の矢が立ったとしか私には思えない!

 私が、ハードロックやへヴィメタルというものに関心を持ち始めた80年代後半において、確かにOZZYは売れていた。

その当時タイムリーのアルバムであったNO REST FOR THE WICKEDにしろ、次のNO MORE TEARSにしろ200万枚以上の売り上げを全米であげていた。

ozzymonster.jpg

 その数年前のMONSTERS OF ROCKにおいても、ヘッドライナーをつとめるなどして活躍はしていたが、89年MOSCOW PEACE FESにおいてはBON JOVI、SCORPIONSについでサードビルの待遇であったし、96年MONSTERS OF ROCKではKISSにヘッドライナーの地位を譲らなくてはいけなかった。

 確かに売れていたが、へヴィメタルシーンを引っ張るほどの強力な存在ではなかった。

 といえるであろう。ozz 2008

 しかし、それ以降、事態は急展開する!

 ハードロックの時代は終わり、もはやへヴィメタルやドゥームメタル、へヴィロック、モダンへヴィといったアーティストが大股を広げてシーンに踊りだすことになる。

 そういったジャンルの創始者的存在としてOZZYに注目が集まり、彼のバンドはヨーロッパアジアは勿論、チリアルゼンチンといった南米でのメタルフェスにおいてもヘッドライナーをつとめることになる。

 それらのフェスに参加したバンドはハードロックやへヴィメタルは勿論、ラウド、へヴィロック、ミクスチャー、デスメタル等々いろんなジャンルのバンドが参加していた。

 
96年を最後に、OZZYがセカンドビル以下になったフェスを日本のメタル雑誌やブートレッグ屋において必死になって探すも見つからないのである。

 彼も、侵すことの不可能な孤高の存在になったのは間違いない!

そんなミュージックシーンに変化したからこそ、BLACK SABBATHのオリジナルメンバーでの復活が97年に可能になったとしか思えない。


そして、オジーMETALLICAとのデュエットがおこなわれた!!


非常に貴重な映像である!
  ↓



オリジナルサバス   90年代の中盤以降のへヴィでダークなメタルが闊歩していた状況において初めて可能であったといえるであろう。

 その音楽状況の大きな下地を敷いたのは、他の誰でもないMETALLICAなのである!

 下地を敷いたのみならず、MATALLICA以降のLOAD』『RELOADといったアルバムも連続して全米で初登場ナンバーワンを獲得したことも大いに関係ある。

 その下地があったからこそ、へヴィ、ラウド系のバンドばかり集めたOZZFESTの開催がずっと13年以上続いているのも可能であるとすらいいたくなるほどである。

ozz metallica

 こういった事象をみて、OZZYMEATLLICAに感謝しろ!

 といいたくなるほどであるが、意図的にシーンを左右したわけではなし、そんなことが可能であるわけはないので、その要求は的外れではあるが、OZZYがその時代の産物に授かれたことは間違いない。 

 その2つの超孤高の存在がこの年、日本に来日する。

 OZZYLOUD PARKにおいてヘッドライナーとして参加し、METALLICA単独公演をおこなう。

 これらに行く人は今回のこの記事を見て、一つの知識として読んでいて損はないと思う。


<この2大アーティストを知るための絶好のアイテムがこれ!

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グレイテスト・ヒッツ~オズマン・コメス~





メタリカ




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メタリカ 

10月16日17日 KORNOZZYがそれぞれヘッドライナーに決定したLOUD PARK

16日HALFORD、STONE SOUR、ACCEPT、RATTなど
17日MOTORHEAD、AVENGED 7FOLD、ANGRAなどが参戦決定!
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