HR/HM温故知故
かつて一世を風靡したHR/HMについて、私の個人的な思いいれ、独自な見方、ニッチな情報、そして映像を提示していきます
BRITNY FOXのゴールドディスク獲得のデビューアルバムはこれだ!
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fox hunt 

 BRITNY FOXが東京ドームに一夜限りのライヴを88年の大晦日にしに来て、早26年が経とうとしているとは驚きである。

 しかし、このバンドのデビューは衝撃的であった。

 イギリスのハードロック雑誌であるKERRANG!』の表紙にでて注目を浴び、デビューからわずか4か月でゴールドディスクを獲得し、期待の新人の役を充分に果たした。 

 CINDERELLAの出身と同じくフィラデルフィア出身で、ギタリストは元CINDERELLAであり、そのCINDERELLABON JOVIの発掘によるデビューであり、そのBON JOVIがヘッドライナーを務める88年の大晦日のカウントダウンにオープニングアクトとして登場すれば、なんとなく因果を感じる。

foxy.jpg


 どちらかというとCINDERELLAの音楽性に近いし、4人体制のバンドであるのもCINDERELLAと同じだし、声もCINDERELLAトムキーファーに似ている。

 このバンドのファンであるならばこのバンドを気に入るだろう。 

 もちろん、このバンドを聴くようになったのは、そのカウントダウンに参加して知ったからであり、まずなりよりもその音楽性が気に入ったからである。


●”Girl School”
  ↓



http://www.youtube.com/watch?v=8fAi8Jc2hrw

 しばらくこのバンドのマテリアルを聴いていなかったが、このようにブログを書くためにわざわざ昔のレコードを取り出して聴いてみると、昔のことが懐かしく思い出される。 

 そして、当時どのハードロックバンドの曲もいいものばかりであり、陶酔しながら聴いていたことが思いだされた。 

 このBRITNY FOXのデビューアルバムもいい曲ばかりである。

 東京ドームのステージに立った時の最初の曲もこれであった。 

 初期VAN HALENのようなふんわりとしたギターリフが好感をもよおすのである。 

 KISSにもこのバンドは影響を受けたというが、そのギターリフの良さも受け継ぎ、POISONを想起させるポップさもまたいい。



●”Long Way To Love”
  ↓



http://www.youtube.com/watch?v=qbEIi46NAno 

 この曲がこのバンドの代表曲と言っていいだろうと思う。

 この曲を演奏されたところが、日本のテレビで放映されてそのビデオを今も持っている人も多いだろうと思う。 

 ところどころで、耳をそばだてざるを得ないメロがこのバンドは多く持っている。 

 いかにも88年代後半のハードロックといった感じのいいバンドである。

fokkie.jpg


このバンドのリードギタリストのマイケルケリースミスは、優れたミュージシャンである。 

 ただ上手いのみならず、「おっ!」と思わせるギターソロを作りだす能力があるのである。 

 80年代後半の日本での空前のギターブームで多くの凄腕ギタリストが注目されていたが、このマイケルもその雑誌に取り上げられていいほどの才能があったと思う。

 しかし、このバンドはこのアルバムが最大のヒットであり、次のアルバムで中心人物のディジーデヴィッドソンが脱退してしまい、そのことで一気に注目がこのバンドから逸れてしまったので、そういうことにはならなかったが…。

●”Save The Weak”
    ↓



http://www.youtube.com/watch?v=Zfxel7IgXSk

 その東京ドームでの出演の後の89年に、アメリカをRATTとまわることになった彼らだが、巧みに声色を使い分けることができるシンガーがいることもあって、RATTとちがっていろんな曲ができるという強みがあるのである。 

 こういった夕焼け越しに聴いたらたまらなくなるバラードも持ち合わせている。 

 作曲の才能もあり、いいギターソロも作り出すギタリストもいる。

日本のファンはこれからのこのバンドのいくすえを期待していたに違いない。 

 しかし、このバンドは90年に、バンドの中心人物であるディジーデヴィッドソンが他のメンバーと意見が衝突して2枚目のアルバムのツアー中に脱退してしまう。

foxxsilver.jpg


 その後、バンドは他のシンガーを入れて存続し、次のアルバムBITE DOWN HARDを発表した。

 一方ディジーは自らのバンドBLACKEYED SUSANを結成する。 

 しかし、双方のアルバムとも注目を浴びずに終わった。 

 BRITNY FOXはその後いろんなメンバーチェンジをおこない、今オリジナルメンバーとして残っているのはベーシストだけである。

 なんとも悲しい結末である。

 日本にきたときに、メンバーがインタビューで言っていたのは、「このバンドで20枚くらいのアルバムを出したい」と言っていたのに…。

 しかし過去の栄光は残っている。

 このデビューアルバムは、全米チャートで39位にまでのぼり、見事ゴールドディスクを獲得している。

 彼らが日本の地を踏んだのは、唯一88年の大晦日だけである。

 悲しいことになってしまった彼らのデビューアルバムはコチラから!
  ↓



彼らのベストアルバムは以下
  ↓
Best of

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  ↓
Britny Fox

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日本史上初のファイナルカウントダウンを回顧する!
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 88年の大晦日、日本の東京ドームにおいて初めてカウントダウンフェスが開催された。

 その名はHEAT BEAT LIVE 88-89と銘打たれた。

 これまで日本においては、84年と85年においてSUER ROCKという数バンドが集って行われたロックフェスティバルが開催されたが、これは昼から夜にかけてのフェスであり、今回のように、夜から次の日の年明けの瞬間にカウントダウンをして新年の明けを祝うという趣旨のモノは初めてである。 

 80年代初頭からの空前のハードロックの盛り上がりの中、ここ日本でも多くのバンドのファンが多くのアルバムを買い、聴き、陶酔した。

当時発表されたマテリアルはどれも秀逸のモノばかりであったからだ。

 その頂点に立ったバンドの1つは間違いなくBON JOVIであろう! 

 86年発表のSLIPPERY WHEN WET全米で1位を獲得し、全世界で1200万枚を売り、ここ日本でもAXIAというカセットテープの会社の宣伝で彼らが出演し、その注目を集めた。

ワイルドインザ 
SLIPPERY WHEN WET

 次に発表されたNEW JERSEY全米で1位を獲得し、今度はSANYOのCDラジカセの宣伝にも出演し連続して日本のお茶の間に露出したとなれば、注目されざるを得ない。

new jersey
NEW JERSEY



 そんな中、88年の『FINAL COUNTDOWN』においてBON JOVIがヘッドライナーに抜擢されたのは当然の成り行きだっただろう。

 しかし、この88年からさかのぼること4年前のSUPER ROCK 84においてBON JOVIは2番手で出場した。

super bon


 この時、ヘッドライナーを務めたWHITESNAKEにしろMICHAEL SCHENKERにしろ、BON JOVIがこれほどのバンドに出世するとは思っても見なかっただろう。

 しかし、この時SLIPPERY WHEN WETは全世界で1200万枚を売り上げていたのであるが、DEF LEPPARDHYSTERIA1300万枚を売っていたのである。

hysteria.jpg
HYSTERIA

この差があるにも関わらず、DEF LEPPARDの当時の来日公演は東京では代々木オリンピックプールでのみ。

この差はなぜ?

やはり同じアーティストでも国によって受け入られ方は違うのである。

このフェスではBON JOVIを含め4バンドが出演した。

まず最初に出演したのはBRITNY FOXであった。

britny.jpg


このバンドはBON JOVIが発掘したCINDERELLAと同じフィラデルフィア出身。

このメンバーのギタリストは元CINDERELLAであったこともあり、CINDERELLAの弟などと呼ばれたりもした。

 デビュー前に、イギリスのハードロック雑誌であるKERRANG!』の表紙を飾り、アメリカではアルバムBRITNY FOXが、デビューから4か月でゴールドディスクを獲得したのである。 

 その音楽性は、ロックンロール色が強く、また要所要所で耳を惹くメロをもっているハードロックであるといってもいいだろう。 

 演奏のレベルは高い上に、巧みなギターソロがギターキッズを多く惹きつけたのである。

 時折、東海岸の情景を思い浮かばせるそのメロがたまらない!

 そのデビューアルバムはコレ!
  ↓


 88年の大晦日だけに、このバンドは出演した。

 その時のパフォーマンスは日本のテレビでも放映された。

 その模様が以下である。
  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=NCeajPAWMqQ 

 
続いては、KIGDOM COMEである。


ファイル0048


このバンドは、ドイツ出身のSTONE FURYのリーダーであったレニーウルフがアメリカで結成したバンドである。 

 LED ZEPPELINの影響を前面に出し、このバンドの代表曲にもなった”Get It On”がラジオで放映されるや、たちまち予約が殺到し、レコードの発売を2週間も早めてしまったといういきさつがあるほどである。

 それほどのものすごいデビューエピソードがあるくらいである。

 この曲は、まさにLED ZEPPELIN”Kashmir”そのものというかパクリであるがしかし、傑作曲である。

しかし、このデビュー作がものすごい!

そのレコードを聴くと最初からオーラが全開で、心奪われざるを得なくなる。

作曲能力、演奏力どれをとっても一流のミュージシャンの集まりである。

 私自身、当時はLED ZEPPELINの音楽は全然知らなかったが、それでもこのバンドのデビュー作はとてつもなくいい作品であると思える。

 最終的に、このデビュー作は全米で150万枚を売り上げることになる。

そのデビュー作はコレ!
  ↓


このバンドの東京ドームでの模様は以下!
  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=LRDLY8DfqCA


次はRATTである。

ratto88


 この時は、4枚目のアルバム発表直後での来日であった。

 セカンドアルバム発表後は国内で17回もの公演を行い、サードアルバム発表後は、日本武道館2デイズを達成する!

 それだけの実績があれば、このイベントでのセカンドビルは順当であったといえる。

 しかし、この年からさかのぼることちょうど3年前に、RATTBON JOVIを前座にして2万人を収容するアメリカマディソンスクエアガーデンでカウントダウンイベントをおこなったのである。

msg
 マディソンスクエアガーデン 

 その3年後、今度は立場が逆転し、BON JOVIの前で演ることになろうとは…。 

 しかし、当時のRATTはすごかった。 

 当時の最新アルバムは、CDは初回限定盤ではTシャツ付きのモノが販売されていたし、MTVで彼らの最新アルバムのインタビューが流されていたし。

 邦楽を中心とした音楽番組にも出演して、ニューアルバムからのシングルのクリップの撮影風景も上映されていたし、雑誌社主催のインタビュー握手会も催された。 

 この『FINAL COUNTDOWN』は大晦日と元旦に計2回行われたが、その後の単独公演では日本武道館大阪城ホールなどでもされたのだから、すごいと言わざるを得ない。

 この当時、私はまだ中学生だったため、こういったものに触れることができなかったが、もしタイムマシンがあるなら、こういったものに是非とも触れたいものである。

 握手会にもいって、単独公演にも足を運びたくなるほどである。

 これほどの輝かしい過去にもかかわらず、最近の来日公演では2010年LOUD PARKに8番目の、ヘッドライナーから4つ前の出演である。

loud park

 やはり、一時的な解散やメンバーの脱退等を経緯するとどうしてもファンははなれてしまうものである。

 それはさておいて、私にとってこのイベントが彼らを最初に観たコンサートであったのである。

 この時は、アルバム1枚しか聴いていなくて、彼らの曲はほとんど知らない状態での参加であったが、かなり好印象として思い出に残っている。 

 そのプロフェッショナリティあふれる演奏力には驚いたのである。 

 RATTというバンドの名から醸し出される音楽性は、どうしても作曲の安定性という面がある。

 これは好みにもよるが、私としてはどうしてもこういう職人的な音楽の方が好きである。 

 アレンジの幅が少なくなるという面はあるが、それでもその幅を大きくするとどうしても音程がずれるという負の面があることは否めない。 

 それは次に登場したヘッドライナーのBON JOVIの演奏を見ていれば明らかであった。 

 しかし、私はRATTのプロフェッショナリティあふれる安定感あるパフォーマンスや楽曲の方が気に入ったのである。

 そういった思いが引き金になって、これから先、RATTに私の心が流れていくことになる。

 この当時のアルバムは全米で17位にまで上昇し、プラチナディスクを獲得することになる。

そのアルバムはコレ!
  ↓


 ということはこのイベントに参加したバンドは全てゴールド以上の売り上げを達成していたということになる。 

 いやはやすごい時代であったと今更ながら思うのである。

(RATT 12.31 ,88 TOKYO DOME Setlist)
1. City To City
2. Bite Hands That Feeds
3. Slip Of The Lip
4. Wanted Man
5. I Want A Woman
6. Bottom Line
7. Lay It Down
8. You’re In Love
9. Back For More
10. Body Talk
11. What’s It Gonna Be
12. Round & Round
(ENCORE)
1. Way Cool Jr
2. Chain Reaction




http://www.youtube.com/watch?v=Fb3nEsiSEu4 

 

そしてメインアクトのBON JOVIである。

bohn88.jpg 


 86年発表のSLIPPERY WHEN WETLED ZEPPELINの8週連続全米1位の記録を破る9週連続全米ナンバーワンを成し遂げる。

 次の88年NEW JERSEYもその勢いをかって初登場8位、2週目には再び1位になるのである。

 その2作のアルバムからそれぞれ1曲づつ日本の電機メーカーの宣伝に出たとなれば、人気が急上昇しないわけはない。

 実は、私もそれで彼らの存在を知ったし、買って試しに聴いてみようか!と思ったのは宣伝に出ていたからである。

 その宣伝がなかったら、おそらくBON JOVIも知らなかったまま終わっただろうし、ハードロックにのめりこむこともなかったことは間違いはない。

ボン ジョヴィ


今、こうしてハードロックやへヴィメタルにのめりこむことができているのはBON JOVIのおかげであるし、日本のAXIASANYOの2つの電機メーカーのおかげであるといって間違いはない。

 2つ連続して全米ナンバーワン…これが意外にも大事な要素であると思えて仕方がない。

 1つのアルバムでトップかそれに近いところまで来ても、次にそれほど上昇しなかったがために、スターにはなれてもスーパースターにはなれなかったパターンもあるからである。

 しかし、ことBON JOVIはそれを当然のように成し遂げた。

 それが、88年から今まで20年以上も経った今でも東京ドーム2デイズでコンサートを敢行できている理由の1つであると思う。 

 しかし、以下この時に演奏された曲をすべてだしたが、いずれも佳曲揃いだ。

SLIPPERY WHEN WETNEW JERSEYがこのバンド史上ベスト2のアルバムである。

ワイルドインザ new jersey


 この時は私も世間知らずであったので、またこれ以上の売り上げをいくアルバムを出すと思っていたが、その後の歴史を垣間見るにそうはならなかった。 

 そのベスト2のアルバムからほとんどが演奏されたので、今思ってみれば、このイベントを観れた自分は非常にラッキーであった。 

 オープニングから中盤、そして終盤まで最初から最後まで佳曲が途絶えないから文句のつけようがない選曲だった。 

 ジョンボンジョヴィ声域が広く、感情が豊かであるゆえ、書ける曲のレパートリーも多い。 

 そういったものが限られてしまうRATTとは違う。 

 アメリカンロックの弾けるスタイルのものもあれば,プログレバンドとは違うドラマティックな展開を魅せる曲もあれば、西海岸のホットな街を彷彿とさせる癒しの曲もあれば、都会的な夜の情景を醸し出すバラードもある。

 こういったデジャヴが日本の多くのファンを惹きつけたことは間違いない。

 それに、ジョンボンジョヴィのルックスや精悍な男前の顔もいい。

ジョヴィ
   ジョンボンジョヴィ

 あまりに西洋人ぽ過ぎて限られたファンしかつきそうにない西洋人でもないそのフェイスもファンを惹きつけてやまないのだろう。 

 私も彼の魅力に惹きいれられた1人である。 

 だがこのライヴを観て不満だったのは、このバンドが全体的にレコードのようなプレイをしないことである。

 まず最初に思ったのは、ジョンがフェイクをしたり、音程を外して歌ったり、キーを下げて歌ったりすることである。


「売れたからっていい加減に歌っているのか?」

 と当時10代の私ですら不満に思ったものである。

 このイベントから3年前の渋谷公会堂でのライブを収めたビデオでは忠実に歌っているのに…。

 それにリッチーサンボラのギターソロでは、レコードとは違うかなりのアレンジが加えられていて、落胆したものである。

ファイル0091 (5)
リッチーサンボラ

とにかく、BON JOVIのレコードの出来は素晴らしい。

 特にSLIPPERY WHEN WETはそうである。 

 そこでのギターソロが素晴らしければ素晴らしいほど、それをそっくりそのままライヴで見たいと思うのは私だけであろうか?

そんなことはないはずである。

 それが、ライヴでは忠実な再現を見れずに大幅なアレンジが加えられていて残念であった。

 いつかWHITESNAKEWHITESNAKEにおけるジョンサイクスの素晴らしいギターソロプレイが他のミュージシャンによって大幅にアレンジが加えられていてライヴでは落胆してしまった、と書いたことがある。

白蛇の紋章


 しかし2003年ダグアルドリッチの加入によって、そのレコードでのサイクスのプレイの再現が見れて私は大いに喜んだものである。

doug aldrich


 そのプレイの再現はLIVE IN THE STILL OF THE NIGHTであますことなく堪能できる。

ファイル0058
LIVE IN THE STILL OF THE NIGHT

 そういったことが不満になっていたのである。

 ギターソロのこういった不満だけでなく、ジョンが音程やキーを下げて歌うということになれば残念の度合いは大きくなるのは当然である。

こういったことを私がもし『BURRN!』の編集委員だとして提言してもおそらく聞き入れてもらえないだろう(笑)。

SLIPPERY WHEN WET収録の”Livin’ On A Prayer”での緩急あるギターソロにはレコードを聴いて感動したものである。

それはこの東京ドームでもみれなかった、アレンジが加えられていて。

それ以降、オフィシャルライヴDVDやいろんな国のブートを観てもやはりアレンジが加えられている…。

レコードは、一番いいプレイを収録したものであるから、そのようにライヴでもプレイし歌えとは言わないし、そんなことを期待すること自体が間違っているだろう。

しかし、ライヴには高い金を払ってファンは来ているのだから、できる限り忠実にプレイし、歌うべきであると思う。 

 BON JOVIRATTと違って幅広い音楽性を有しているが、それゆえに音程下げやキー下げによって一歩違えばファンを残念な気分にさせてしまう危険性があるのである。

その欠点を露呈させてしまったのである。

jovibon.jpg


 だからこのライヴではRATTの方がよかったと思うし、まだメタル然とした85年の来日公演のライヴの模様の方が私にとっては好感が持てるのである。

しかし、レコードではいいのだから、ライヴを観ずにそちらを聴けばいいのだろう。

 こんなBON JOVIのライヴ批判を行っているのは私だけかもしれない。

 この年以来、93年時は日本武道館などのアリーナレベルにさがったが、それ以降ずっとドーム公演でしているのだから多くのファンはライヴでも満足しているのだろう。

 それを差し置いて批判をしても虚しいだけかもしれないが、思ってもない称賛を書いても見破られるだけだから正直に書こうと思ったまでである。

(BON JOVI 12.31 ,88 TOKYO DOME Setlist)
Lay Your Hands On Me
I’d Die For You
Wild In The Streets
You Give Love A Bad Name
TOKYO Road
Born To Be My Baby
Homebound Train
Let It Rock
I’ll Be There For You
Blood On Blood
Get Ready
Livin’ On A Prayer

(ENCORE)
Ride Cowboy Ride
Wanted Dead Or Alive
Bad Medicine



当時の最新アルバム! 
  ↓




http://www.youtube.com/watch?v=GN2HPKVtapM


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RATTの絶頂期を象徴するアルバムはこれだ!
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reach.jpg 

 84年にデビューし、そのデビューアルバムがいきなり全米7位にまで上がり、総数300万枚を全米で売り、一躍スターになり、ハードロック界を牽引してきたRATTはセカンドアルバム時には日本公演で計17回ものライヴを行い、サードアルバム時にはついに日本武道館公演を実現させることに成功した。

しかし、アルバムを発表するごとに売り上げ枚数は低迷し、次こそはデビュー時のようなヒットを!という期待がかけられていたのが、88年REACH FOR THE SKY の時であった。


アルバム発表ごとにアルバム売上枚数が低迷…とはいえ、セカンドは200万枚、サードもなんだかんだいっても100万枚以上を売ったのである。

今、ハードロックアーティストで100万枚以上を売り上げるバンドが皆無に近いのを考えると、当時の期待は非常に贅沢な期待ともいえるが、それはRATTという成功者への期待感の表れであったとみてもいいだろうと思う。

サードアルバムの世界的な成功の後、2年の間隔を経てアルバムが制作、そして発表された後、すぐに日本ツアーが発表される。

GRP_0265.jpg


 当時は邦楽、洋楽問わず、レコードやCDが売れていた時代であり、しかも、どの駅の前にも、必ず2軒以上のレコード店があったものである。

 そのRATTの新譜発表時には、私の家から最寄りの駅の近くにあったレコード店の店頭に彼らのポスターが貼ってあり販促をしていたのである。

 これはいくら邦楽、洋楽問わず、レコードやCDが売れていた時代であっても、並以上に売れているアーティストでなくてはできないことであったことを考えれば、彼らはまだ成功者、バリバリの成功者だったのだ。

 かくいう私は、彼らの新譜をタイムリーで知ったのは、このアルバムからである。

 前作DANCING UNDERCOVERを中古盤で買って聴いてあまりのカッコよさに、一気に虜になり、そしてファンになったのだった。

dancing undercover 
DANCING UNDERCOVER

 当然、それくらい良ければ、新譜のREACH FOR THE SKYも買って、聴いた。

前作に劣らず素晴らしい出来であった。

●”City To City”
  ↓



http://www.youtube.com/watch?v=7EaJQTtieTY

 この曲が、このアルバムの最初の曲であり、ライヴでの最初の曲であった。

 私が88年にいったコンサートでもこの曲を観た。 

 やはりアメリカ人にしか作れない曲であるとともに、非常に煌びやかな光彩がこの曲の端々から感じれる。 

 当時はギターヒーローが欧米にたくさんいて日本でも多くのスーパーギタリストが人気を集めていた。

このバンドのギタリストのウォーレンデマルティーニもその1人であったことに間違いはない。

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ウォーレンデマルティーニ 


 この曲でも見事なソロを展開している。

初めて聴いた時も興奮で鳥肌が立ったものである。

 このアルバムは前回までの延長線上にある曲風が大半を占めている。

 この前のアルバムを聴いた時も思ったのが、「このバンドは非常に曲が特徴的で安定しているな」と思ったものである。 

 安定しているのみならず、聴き手を鷲掴みにするような品位がなくてはただの美辞麗句に終わってしまうが、RATTのは聴き惚れるリフとフレーズがあるのである。

●”Way Cool Jr”(全米75位)
  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=Rz-fObyEh7w 

 これまでのRATTの曲風とは違う試みを出そうとしたのか、あるいはこの曲のメインライターであるウォーレンデマルティーニの新たな意向としてなのかはわかりかねるが、ゆっくりとした、しかもブルージーな味の感じれる曲である。 

 この曲は、RATTを代表する曲として、次のアルバムからも、それから先から今までずっとコンサートでは演奏されてきたマテリアルである。

 この次のアルバムのDETONATORの時は、そのブルージーなテイストが増し、これはRATTではない、として批判がなされたが、ブルージーな曲はこのアルバムではこの”Way Cool Jr”だけである。

detonator.jpg
DETONATOR』 

 速い曲ではないが、RATTらしい曲風で、曲から醸し出される雰囲気が、あこがれのロックの辺境をほうふつとさせられ、なんともいい気分にさせてくれる。


●”I Want A Woman”

  ↓


http://www.youtube.com/watch?v=R24AeY0N35E


 この曲がこのアルバムのセカンドシングルである。

 この曲名を訳すと、「俺は女がほしい」ということになる。

「随分いやらしい過激な曲名だな!」と思い、当時中学生だった私は、この曲を友人に教えて一緒に笑ったものだが、今考えればそんなのことで笑っていたのと、そのことに笑えてくる。 

 WHITESNAKE”Slide It In”は「アレをアソコに入れる」という意味だからもっと過激だ(笑)。

slide it in 
  Slide It In

 それはそうとして、このクリップを観ると当時のRATTのすごさが垣間見える。 

 大きな会場でみんなが歓喜している。

 曲からもそういったエナジーが迫ってくる。

躍動感あふれる局展開に、今は亡きロビンクロスビーの高音のロングトーンをフィーチャーしたギターソロが展開されるととても鳥肌が立ったものである。

ロビンクロスビー
ロビンクロスビー

 ハードロックでは、速弾きが当たり前であるが、ただの速弾きでは感動できない。

 聴き手を惹きつけるメロがなくては。 

 ウォーレンに、このロビン、これほどまでに好いギターソロを作り出すギタリストを擁していたのはRATTにとっては貴重な財産であったし、これほどまでの音楽に出会えた自分に幸運を感じないわけにはいかなかった。

 非常にいい曲であると思うが、RATTを代表する先の”Way Cool Jr”にしろ、この曲にしろ、シングルヒットには結びついていない。

 でもそういった曲だけでは曲のいい悪いの判断にはなりかねる。

 彼ら最大のヒットになった”Round & Round” (全米12位)のようなヒットにはなっていないが、それに匹敵するほど、いやそれ以上といっていいほどいい曲だと正直思うが、世間はそう思ってないようである…不思議である、こんないい曲が!

●”Chain Reaction”
  ↓




 非常に疾走感があり、またRATTらしさが満載の佳曲であるが、シングルカットはされていない。

 シングルカットされたのは、後2者のみであるが、隠れた名曲として語られることもあるし、このアルバム発表時の来日公演でもなされた。

 しかし、その後のツアーでは一切なされていない。

 ベストアルバムが発表されるとどうしても、「なぜ、この曲が入っていないの?」と疑問がわくパターンは、どのバンドでもある。 

 RATTのも例外ではない。 

 RATTのベストアルバムにもこの曲はチョイスされていない。 

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 そういう場合は、自分で曲目を編集し、自分独自のベストアルバムを作るべきである。

 当然、RATTのも私は作り、この曲も入れた。

この曲でもウォーレンのソロが光っている。

rattandstar.jpg



 このアルバムの発表後、日本で初のカウントダウンというイベントがおこなわれた。

 それは88年の大晦日に、複数のバンドが集まり演奏し、その後、夜中の12時にカウントダウンを会場の観客も一斉に読み、新年の向かい入れを祝福というものである。

 このイベントに参加したのは、BRITNEY FOX、KINGDOM COME、RATT、BON JOVIであった。

 そのRATTの演奏時の最終曲がこの曲であった。

 その時の公演の模様は、テレビで放映されて、今もその放映をビデオに録画して、今もそのVHSを所有し、それを観て悦に浸っているファンも多いだろう。

 そのイベントには、サードと次のアルバムが大ヒットし、しかもその2つのアルバムからの曲が、2つ日本の電機メーカーの宣伝に使用されたということでも日本でのBON JOVIの人気爆発ということで、そのイベントにはほとんどの人がBON JOVIを観に来ただろうことは間違いない。

ボン ジョヴィ
BON JOVI

特に、そのテレビの宣伝だけで知ってこのイベントに参加した人はRATTなど知らなかっただろうことは間違いない。

RATT?だれそれ?」という人も多かったに違いない。

GRP_0267.jpg 


 しかし、メインのBON JOVIの前にRATTが公演したことによってそのプレイの素晴らしさを堪能できたのではないだろうか?

 特にそのメインギタリストのウォーレンデマルティーニの素晴らしさに! 

 RATTの公演の時には、彼らの代表曲の1つである”Lay It Down”が演奏され、その中間で、ウォーレンのロングギターソロがされた。 

 その際、そのフレーズの良さ、弾き方のカッコよさ、何よりもその上手さに会場の誰もが大きな声援を送っていたのが今でも思い出される。 

 RATTの演奏は、知っていなかった曲が多いせいもあって覚えていないが、彼のそのソロは印象に残っている、という例もあっても不思議ではない。

そのソロが以下である!
    ↓


http://www.youtube.com/watch?v=fsk7swopWoo

 これは、そのイベントの直後におこなわれた単独公演の模様であるが、これと同じことが東京ドームでもなされたのである。

 そのギターの素晴らしさが垣間見れる映像である。

 結果的に、この時のアルバムは全米17位まで上昇し、プラチナム(100万枚)にまで到達するが、期待されたような大ヒットにはならなかった。

 でも4作目にして全米で100万枚を売ったのだから大したものである。

 日本での人気の上下の具合は横ばいだった。

 しかし、ことウォーレンのギタリストとしての人気だけが上昇し、いまはなきMUSIC LIFE』誌におけるギタリスト部門で、ウォーレンの人気が、1位のリッチーサンボラ(BON JOVI)に次ぐ2位にまで上昇したのだ!

ファイル0128
リッチーサンボラ

それは、このギターソロによったとしか思えない。

 88年の12月31日と、89年の1月1日の2日間で計11万人の観衆が彼のソロをみて,その素晴らしさに感動して投票したとしか思えない。 

 このソロのみならず、彼の良さがふんだんに堪能できる曲がこのアルバムにはたくさんはいっている。 

 そんなアルバムであると思ってもらえればいいと思う。

尚、89年の彼らの単独公演日程は以下である。

1月6日 名古屋レインボーホール
1月8日 大阪城ホール
1月9日 福岡サンパレス
1月11日 横浜文化体育館
1月12日 日本武道館

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↑当時の来日公演パンフレット

 BON JOVIの前座とはいえ、東京ドームで2日間公演した後に、この単独公演日程である。

 どれもアリーナばかりである。

 彼らの人気が絶頂であったのがわかる。

 尚、当時の主なセットリストが以下である。

1. City To City※
2. Don’t Bite The Hands That Feeds
3. Slip Of The Lip
4. Wanted Man
5. I Want A Woman
6. The Mornig After
7. Bottom Line
8. Lay It Down
9. You’re In Love
10. Back For More
11. What’s It Gonna Be
12. Body Talk
13. Round & Round
14. Way Cool Jr※
(Encore)
1. You Think You’re Tough
2. Walking The Dog
3. Chain Reaction

※=REACH FOR THE SKYからの曲

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↑当時の来日公演時のTシャツ

 このアルバムが彼らの絶頂期であった。

 売り上げが最高であったという意味ではなく、観客動員数の最高という意味でである。

 なんだかんだいってもこれまで、全部のアルバムは全米プラチナを獲得してきたのであるが、どれもファーストアルバムのようなヒットではなかったのである。

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 そこから再起を図るべく次もアルバムを作るが、その期待通りにはいかなかったのである。

 その理由は次の機会に述べたいと思うが、とにかくこの時のアルバムが彼らの人気の絶頂期だったのだ。

 次のアルバム以降は下降していくことになる。

 だがしかし、そういったことは彼らを支持しない理由にはならない。

 今でも彼らの音楽はこの上なく愛好しているし、最近の来日公演(LOUD PARK 2010』)も堪能してきたし,最近のブートレッグも買って観ている。

 それは彼らの音楽にぞっこんになったからである。


 そんな彼らの絶頂期のアルバムとして、このアルバムを紹介したいのである。

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