HR/HM温故知故
かつて一世を風靡したHR/HMについて、私の個人的な思いいれ、独自な見方、ニッチな情報、そして映像を提示していきます
㈷カリフォルニアジャム 40周年!
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このサイトを運営しているからには今年内に取り上げないわけにはいかないことをすっかり忘れてしまっていた。

 それはCALIFORNIA JAM40周年記念ということである。

 もちろん、それは第3期のDEEP PURPLEも参加し、多くのバンドが集ってなされたギグである。

しかし、上の写真をみると現WHITESNAKEデヴィッドカヴァーデールは若い!

当然か、当時は23歳の若造なのだから。

しかし、今のカヴァーデールを見ても非常に若々しいのには驚かされる。

現在63歳である。

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 デヴィッドカヴァーデール

 1番最近では2013年WHITESNAKEが来日公演を行った時に、そのコンサートをみにいったが、そこでなされたステージアクションは非常にセクシーでスムージーで当時8歳の孫娘がいる爺様とは思えなかった。

 カヴァーデールは常日頃からエクササイズを怠らないのだという…なるほど、だからいつまでも若々しいのだなと納得してしまった。

 今のDEEP PURPLEのメンバーたちは、みんな腹が出ている…まったくデヴィッドとは大違いだ、と思わざるを得ない(笑)。

 今回紹介するCALIFORNIA JAM 74の時の映像を観ると、その会場の大きさには驚かされる。

 Emerson Lake & Palmerをヘッドライナーに、DEEP PURPLEがセカンドビル、その他オジーオズボーン擁するBLACK SABBATHEARTH WIND & FIREなど計8つのバンドが参加したといえ、20万人もの観客を動員したというのは瞠目に値する。

20mnnin.jpg



 このDVDを再生すると初めに、「DEEP PURPLE」と書いてある飛行機が出てくる。

 それが到着すると、DEEP PURPLEのメンバーがそこから出てくる。

この飛行機が、DEEP PURPLEが所有する専用の便なのか、航空会社のものなのかはわからないが、とにかくこういう施しをすること自体当時のバンドの売れ行きのすごさがわかろうというもの。

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そうだろう。

 今では、DEEP PURPLEは20代くらいのキッズには想像もできないだろうが、当時のバンドは売れに売れまくっていたバンドだったのだ。

IN ROCK』『FIREBALL』『MACHINE HEAD』『WHO DO WE THINK WE AREというイアンギランがヴォーカリストを務めていた黄金期のアルバムは、それぞれ全英で4位、1位、1位、4位とチャートを昇り、全米ではそれぞれ143位、32位、7位、15位とものすごい売れ行きをしていたのだ。

 しかし、そのイアンギランとべーシストのロジャーグロバーが脱退し、急遽ヴォーカリストとベーシストが応募せられ、GOVERNMENTなるバンドで活動していたデヴィッドカヴァーデールTRAPEZEというバンドで活動していたグレンヒューズが加入したのだった。

 デヴィッドによれば、そのバンドで活動していた時にそのバンドはDEEP PURPLEの前座を務めたこともあるという。

 DEEP PURPLEのキーボーディストのジョンロードはデヴィッドの力量に注目していて、デヴィッドに「もしイアンギランとロジャーとうまくいかなかったら、君に電話するから電話番号を教えてくれ」と言ったようである。

 そして、その2人が脱退した後、デヴィッドグレンがオーディションを受けて、DEEP PURPLEに加入することになったのだという。

その経緯については、以下のBURRN!』のインタビューでデヴィッドが語っている。
     ↓


BURRN! (バーン) 2015年 01月号


しかし、驚きであった。

 当時DEEP PURPLEのギタリストであったリッチーブラックモアは、発掘の名人であったために、デヴィッドにしろグレにしろ、リッチーが発掘したのかと思いきやそうではなかったのである。

 なにはともあれ、その新メンバーでアルバム制作が進められ、今にも語られる超名盤BURNアルバムが完成するのである。

ファイル0033 (2)
BURN

 そのアルバムは、イアンギラン在籍時の超名盤『MACHINE HEAD』全英1位、全米7位とチャートをのぼり、アメリだけで200万枚イギリス10万枚という記録には及ばないが、それでも、全英3位全米9位とチャートをのぼり、アメリカでは50万枚イギリスで10万枚を売ったのである。
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MACHINE HEAD

 全然無名のアーティストを加入させての制作でここまで大健闘したのだから、称賛してしかるべきだろう。

 そのBURNアルバムが74年1月に発売されて、早くも4月にこのCALIFORNIA JAM に参加である。

 既存のメンバーはどうってことはなかっただろうが、デヴィッドグレンの緊張ぶりは計り知れなかっただろうと思う。

 この2年後にリッチーブラックモアが脱退し、代わりにトミーボーリンが加入しアルバムを作り、ツアーに出るが、トミーはリッチーの後釜というプレッシャーに耐えられず、ドラッグに手を出してしまう。

 それが原因で還らぬ人となってしまったのは違う頁で垣間見た。

 しかし、そんなプレッシャーよりもデヴィッドグレンのプレッシャーのほうが何倍も大きかったのではないかと思われて仕方ない。

 しかも、Emerson Lake & Palmerにつぐセカンドビルである。

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  Emerson Lake & Palmer

しかも、20万人を擁する大会場である。

 デビューから2か月後にこんなステージに立つことが出来るなんてそれこそ千載一遇の大チャンスであることに違いはないが、それでも新人には大きすぎる!

 よくぞやったと思わざるを得ない。

 しかし20万人を擁する大会場だが、ステージの横にはバンドメンバーを大きく映すスクリーンがない。

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 今は、万人以上を擁する大会場には絶対にスクリーンがついている。

 でないと、遠くにいる観客が退屈してしまうからだ。

 しかしこの時にはないにもかかわらず、観客は我慢している。

 この時代はロックというものが多くの人の心を捉えていた時代であることを物語っている。

●"Burn"
  ↓



http://youtu.be/7-4cut4tShI


 しかし、この時のデヴィッドは良い顔をしている。

今でも通用する美男子の顔をしている。

 このステージアクションをみると、あまり動きはないが、動きや顔を見ると緊張感は全くない。

 こんな場面でそういったアマチュアな感じがまったくなく、しかもアルバム通りの歌唱を見せている、というところがさすがと言わざるを得ない。

 87年以降のWHITESNAKEのステージアクションをみると、股間にマイクスタンドをたてて、そこから振り落としてクルクルまわして観客の視線を釘づけにしているのである。

 それのみか、ステージの左右に動き回り、観客の目線を常に動かし、それに腕で振り付けを絶えずおこない観客を決して飽きさせないのである。

 それは60歳を超えた今でも維持し続けているのであるから感服せざるを得ない。

 観客の立場にたって、どうしたら観客が喜ぶかを考えおこなっているのである。

 そういった姿勢には共感せざるを得ない。

 この時はそういうアクションは全くないが、プロデビューから2か月では致し方ない(笑)。


●"You Fool No One"
  ↓



http://youtu.be/9f8RNi7t9og


 長い曲展開になってしまっている。

 これは何故か?

 この当時のバンドがエゴを丸出しにするようになってしまったようだが、それも何故かと考えると、Emerson Lake & Palmerがヘッドライナーということもあり、自分のバンドの従来のライヴの方法論だけでは見劣るとバンドが考えたとしか考えれない。

 だから、そうならないようにわざとプログレバンドのように、ギターソロや、キーボードソロを曲の中に入れて10分以上にもなるマテリアルに変えてしまったのだろうと思う。

 ハードロックバンドが、ヘヴィメタルバンドの前座を務めたとき、そのヘヴィメタルバンドに聴き劣らないようにわざとヘヴィヴァージョンで演奏したという話はよくあることで、91年東京ドームでのFINAL COUNTDOWNにおいて、サードビルのEUROPEがヘッドライナーのMETALLICAの音に聴き劣りしないように、キーボーディストのミックミカエリさえもが、あまりキーボードを必要としない場面でギターを演奏していたことを思い出す。

 そのイベントが終わったら、普通の演奏のライブにすればよかったのに、やはり自分のソロタイムが長いと注目されるから、その心地良さに味をしめて、毎回毎回そのような長い曲展開にしてしまったのだと思う。

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 しかし、ほぼレコード通りの長さでやった方がいいのか?

 それともプログレバンドのように長い曲展開にした方が良かったのかは判断がつきかねる。

 何故なら、このころのこのバンドのライヴCDはたくさん出ているが、どれも長い曲展開しかしていなかったのがわかるからだ(笑)

 比較のしようがないのだ。

 その姿勢は、76年のこのバンドの最初の解散時まで続いた。

BURRN!』95年1月号のインタビューでデヴィッドカヴァーデールは言っている。

ファイル0018

76年のイアンペイスの結婚式の後に、グレンヒューズに久しぶりに会って言ったんだ。 『僕が歌って君がサポートしたり、君が歌って僕がサポートするのではなく、僕がラインを歌い、君がラインを歌う。僕がコーラスを歌い、君がコーラスを歌うなんておかしいと思わないかい?』とね。ジョンロードがソロを弾きたがり、ブラックモアがソロを弾きたがるから、4〜5分なら素晴らしい曲が、8分から10分の曲になり、最後には,一体どういう曲だったんだ!?ということになる。DEEP PURPLEの最後に、僕は『DEEP PURPLEはもうグループではなく、スポットライトを巡って闘うエゴマニアックの集まりだ!』といった」

 やはり、たまにはそういったプログレバンドのようなことはCALIFORNIA JAMの時だけにすべきだったのだろう。

 DREAM THEATERのような壮大なコンセプトが曲の根幹にあるならば話は別であったかもしれないが、普通のブルーズを基調とするブリティッシュテイストのバンドが、毎回毎回長い展開になってしまっては、飽きるのは明白だ。

この”You Fool No One”は実に18分以上である。(笑)

しかし、このイベントに参加したバンドのラインナップをみると考えさせられる事柄がある。

 DEEP PURPLEの前に出演したBLACK SABBTAHである。

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 BLACK SABBTAH 74

 オジーオズボーンがシンガーであったオリジナルメンバーの結成から4年目の時であった。

 昨今の、ダルくて重い音がトレンディな風潮を蔓延させ、モダンへヴィネス、デスメタルなどが大手を振って歩けるようにした根源が間違いなくMETALLICAMETALLICAであった。

ファイル0007


 その結果、その音楽の創始者は誰だ?という世論が横行し、それに白羽の矢が立ったのは間違いなくBLACK SABBATHであった。

 その結果として97年のオリジナルBLACK SABBATHの再結成に結び付いたとしか考えれない。

 それでその年以降、BLACK SABBATHOZZY OSBOURNEは世界中のメタルフェスティバルでヘッドライナーをつとめれるようになっているのである。

 80年代は、OZZYはフェスでヘッドライナーになることもあったが、セカンドビルやサードビルになることはよくあった。

しかし、90年代の終盤以降は、ヘッドライナー以外はしていない。

ファイル0034


 だからOZZYBLACK SABBATHのメンバーはMETALLICAに感謝しなくてはいけない!(笑)


 このような事態になることを、このころのDEEP PURPLEのメンバーは想像だにしただろうか?

 今、DEEP PURPLEWHITESNAKEOZZYBLACK SABBATHを前座にすることが出来ようか?

おそらく無理であろう。

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   DEEP PURPLE 2014

ロックを捨て去ったBLACKMORE’S NIGHTではなおさらだ!(笑)

 だが、この74年にはDEEP PURPLEBLACK SABBATHを差し置いて堂々のセカンドビルである。

 だから流行というのは不思議である。


●”Smoke On The Water
  ↓



http://youtu.be/GrDWm4CZHig


 84年DEEP PURPLEは再結成された。

 その時、ヴォーカリストのイアンギランは自分がレコーディングした曲しか歌わず、当然カヴァーデールのいた3期のは歌わなかった。

 カヴァーデールも自分がレコーディングした曲しか歌いたがらなかった。

 2期の曲は、 "Space Trackin'""Smoke On The Water""Highway Star"そしてたまに"Lazy"
"Mule"が入るくらいで、ほとんどが自分がレコーディングした曲を選曲していた。

 しかし、そのバンドのファンの心理としては、そのシンガーがレコーディングした曲以外の曲も、聴いてみたいと思うのが興味として非常に深く思うのである。

ブルースディッキンソンIRON MAIDENに戻った時に、ブレイズベイリーのレコーディングした曲を歌っていたのは良かった。


 たとえば、イアンギランデヴィッドカヴァーデールの曲を歌ったら面白いと思うのだが… ”Burn””Mistreated””You Fool No One””Comin’ Home”を歌ったら非常に興味深いのである。

しかし、今のDEEP PURPLEではこういった曲は一切なされてないのに、いまだ入手可能だから不思議なものである。

 またオジーオズボーンが、自分が脱退した後のロニーディオの曲、たとえば”Neon Knight””Heaven And Hell””Die Young”といった曲を歌ったら非常に面白いのだが、オジーのプライドがそれを許さないでいる。

ファイル0078



 逆にロニー92年に再びBLACK SABBATHに戻った時に、オジー在籍時の曲を歌った時のブートレッグを鑑賞すると非常に興奮を覚えるのである。

ロニー



何せ、ロニーオジーである。

偉大なるヘヴィメタル界の重鎮がこのバンドに在籍し、片方がもう片方の名曲を歌うのだから興奮しない人間がどこにいようか?

 そのバンドのもう1人の顔であるトニーアイオミの重〜いギターリフが売り物の曲たとえば”War Pigs””Iron Man””Black Sabbath”を歌った時には、もう気分はこれ以上ないくらいの感動を覚える!

 日本のバンドにはほとんどないシンガーの交代劇…しかし西洋では当たり前のようにある。

 そのならではの文化であるからこそ、片方のシンガーのマテリアルを後の人間が観たり聞いたりしたときに感動を覚えるのである。

 加入したシンガーが偉大でればあるほど、その興奮はやはり抑えきれないのである。

 現在はシンガーとしての地位が失墜してしまった観のある(?)イアンギランであるが、当時はまだ1流のシンガーの範疇に入っていたのではないだろうか?

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   イアンギラン

 当時の声を聴くと、澄み切った声が直線に伸びきっているし爽快感すらもあるのである。

 でも最近はしわがれた観が否定できない。

それは、DREAM THEATERジェイムズラブリエに言わせると、「間違った声帯の使い方をしていたからそうなってしまった」のだという。

 その当時1流のシンガーだったイアンギランの曲を、当時も今も1流であり続けているデヴィッドカヴァーデールがカバーする…そんなことを考えるだけで、当時のファンは興奮を抑えきれなかったのではないだろうか。

 今もイアンが1流であり続けたら、私もそう思うのは間違いない。

 それを維持し続けてくれなかったから残念で仕方ないのである。

 デヴィッドDEEP PURPLE解散後にWHITESNAKEを結成した。

 その結成当初は、当然DEEP PURPLEのカヴァーをした。

 しかし、その曲は全て自分がレコーディングした曲である。

“Might Just Take Your Life””Mistreated”が当初なされていた。

 何故、こういう曲を演奏しているのに、代表曲だった”Burn””Stormbringer”をしないの?と思ったファンがいたに違いない。

 その疑問を払拭すべく、2004年”Burn”をいきなり何の前触れもなくセットに組み入れられたのである。

 DEEP PURPLEファンでなくともこの選曲は嬉しい出来事であった。

 当時のWHITESNAKEはこのバンドの楽曲を最大限活かすことのできるプレイヤーだけが揃っていたので、私にも嬉しい出来事であった。

それは以下のDVDで垣間見ることが出来る。

その詳しいレポートについては以下のブログページに書いてあり。
  ↓
http://eurokennes.blog60.fc2.com/blog-entry-175.html

それと、とても驚いたことに94年にロシアでのコンサートで、 ”Smoke On The Water”もプレイされているのである。

そのDVDは以下の2つである!
 ↓



Live in Russia [DVD] [Import]



White Night In Russia 1994



●”Space Trukin’
  ↓



http://youtu.be/yeFhfbsq43U


しかしこの曲も長い。

実に14分以上である。

しかし、このバンドのこの期のメンバーをみると実に興味深くないだろうか?

リッチーブラックモア、デヴィッドカヴァーデール、グレンヒューズというのちに大きな名声や成功を勝ち取ったミュージシャンが同じバンドに同居していたのである。


リッチーは言わずと知れた世界随一(といわれる)ギタリストだ。

ブラックモア


 このバンドを脱退してRAINBOWを結成し、そこで数々の名作アルバムを制作し、84年の再結成後にも、幾多の名作を作ったのみならず、その創り出した世界観、フレーズ、メロディを世界中の多くのロックファンを魅了した。

 このギタリストに影響を受けてプロになったミュージシャンの数ははかり知れない。



そして、デヴィッドカヴァーデール

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 このシンガーはこのバンド解散後に、WHITESNAKEを結成し、最初は本国イギリスをはじめヨーロッパ諸国日本でしか成功らしい成功を収めることが出来なかったが、そのバンド結成から9年後、1人の超名ギタリストと一緒に作詞作曲したアルバムがアメリカでも大ヒットし、そのアルバムが全世界で1000万枚以上の売り上げを誇ることになる。

 それが起因となって、彼の実力を世界に知らしめる結果となる。

 今でもその威光は衰えることはなくミリオン単位のファンを魅了し続けている。

★その全世界1000万枚売ったアルバムの詳細はコチラ→http://eurokennes.blog60.fc2.com/blog-entry-30.html


そして、グレンヒューズ

グレン

 彼は類いまれなるシンガーとしての素質をもち、DEEP PURPLEでのメインの楽器はベースであるが、バンド解散後はシフトをヴォーカルに移すことになる。

 解散後、BLACK SABBATHに加入したりしたが、メインはソロの歌唱であった。それで出されたヴォーカルアルバムはほとんどがブルーズの名作と呼ぶにふさわしい出来のものであった。

 まさにgod of voiceと呼ぶにふさわしいため息の出るほど素晴らしい歌唱力の持ち主なのである

こんな、ロック界の3銃士の在籍した時代として特筆すべき事態であるということである。


 いやジョンロードは?イアンペイスは?と疑問を呈されそうである。

 確かにジョンの名声は高い。

 しかし、私はそのミュージシャンを評価する際には、演奏の上手さだけでなく、自分から人を魅了するような曲や音を作りだせなくては1流とは認めることが出来ないのである。

 ジョンは作曲する回数は少なかったし、たとえ作ってもそんな魅力的なモノであるとは思えなかったのである。

 本当かどうかわからないが、リッチーブラックモアはジョンについて「作曲に携わらないのに作曲のクレジットを欲しがる」と揶揄していたのを思い出す。

 イアンペイスも1流のドラマーであるが、そのプレイに一発聴いただけで独特のものがあるわけでもなく、後々に語られるほどの名曲を彼がイ二シヤチブを握って作った曲があるということもないようだ。

 異論があるのは百も承知であるが、ここは独論や偏見を吐き出す場なので許していただきたい。


 要するに、この期のDEEP PURPLE「梁山泊」の観を呈していたのである。

 梁山泊とは、中国の北宋の時代に豪傑が多数集まった場所であるが、それが今は転じて「優れた者たちの集まる場所」という意味でつかわれるようだ。

 リッチーブラックモア、デヴィッドカヴァーデール、グレンヒューズの3人がいるDEEP PURPLE…まさに梁山泊であるが、当時のDEEP PURPLEファンはのちにこの3人各々があれほどの成功をするとは思ってもいなかっただろう 

「梁山泊」と言えば他にもRACER Xというバンドも当てはまるはずである。

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   RACER X

 このバンドのヴォーカリストのジェフマーティンは、のちにBADLANDSのドラマーとして活躍するし、ドラマーのスコットトラヴィスJUDAS PRIESTに加入し、その凄腕ぶりを20年以上も発揮しつづけている。

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  スコットトラヴィス

 ギタリストのポールギルバートは、MR.BIGのメンバーとして活躍していることはここで紹介するまでもないほどの周知の事実である。

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  ポールギルバート

 ベーシストのブルースブイエは、のちにMOTLEY CRUERATTに加入することになるジョンコラビと一緒にSCREAMというバンドを結成するが、そのバンドは大した成功すらも収めてはいないが、そのベースの腕はまごうことなき1流の腕であった。

それはRACER XのCDを聴けばわかることである。

 しかし、そんなに1流のバンドが集まったバンドも珍しいがそんな凄腕ミュージシャンの集まりであるにも関わらず全然売れていなかったのも珍しい(笑)。

 そんなバンドに抗する梁山泊バンドとして、この第3期のDEEP PURPLEは誇れると思う。

 この梁山泊バンドであった第3期のDEEP PURPLEは残念ながら来日公演が果たせずにツアーが終了してしまった

  次のアルバムの時は!と期待したファンがほとんどであっただろうが、残念ながらリッチーブラックモアは、この次のツアーを最後にバンドを脱退し、RAINBOW結成に向かってうごいてしまった。

 今思えば、これほど残念な出来事はなかっただろう。

 いつか、リッチーデヴィッドグレンの同居が…という期待があったにも関わらず、いまだ実現されてはいない。

 しかし、2006年に、ネットやBURRN!』において、リッチーデヴィッドグレン、そしてラーズウルリッヒが一緒のバンドを組む、なんていう噂が飛び交ったのである。

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   ラーズウルリッヒ

 何故、ラーズなのか意味が分からなかったが(笑)

 しかしあれから10年近い歳月が経ってもそれは実現されていない。

 リッチーデヴィッドグレン、そしてラーズウルリッヒのラインナップが(笑)

 やはり立ち消えになったのだろうと思う。

 しかし単なる噂だったのかもしれないし、内情は全く分からない。

 ひとは年をとればとるほど頑固になるので、頭の柔軟性がなくなってくるのである。

 今やっていることに対して、どうしても固持してしまう傾向は否めない。

 それが原因だったのかもしれないし、そうでないかもしれない。

 でも、こののちのち大きな成功と名声を得ることになる1流のミュージシャンが3人同居していた黄金時代のメンバーがまた一堂に会してくれることを、私は心のどこかで期待しているのである。

 ●この黄金期のライヴを堪能するに最高のアイテムは以下である。
  ↓

(収録曲)


1. Arrival at airport
2. Burn
3. Might Just Take Your Life
4. Lay Down Stay Down
5. Mistreated
6. Smoke On The Water
7. You Fool No One
8. Space Truckin’






Live in California 74 [DVD] [Import]

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「㈷カリフォルニアジャム 40周年です!💛」




ディープ・パープル 1974カリフォルニア・ジャム コンプリート・エディション [DVD]

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BAD MOON RISINGのセカンドアルバムを考察する!
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 元LIONカルスワンダグアルドリッチによって91年に結成されたBAD MOON RISING
は日本だけのアルバム発売であったが、非常な注目を集め、その出来たアルバムは非常に出来が良く、来日公演も大好評のうちに終わり、その年デビューしたFIREHOUSETYKETTOといった有力候補を押しのけて、BURRN!』誌の人気投票見事ブライテストホープ(新人部門)でチャンピオンになった。

デビューアルバム
デビューアルバム

 LIONには、煌びやかに光るメロをもち、それでいて心が強くヘヴィなリフが人の心を捉え、曲のいたるところにセンスのいいメロディがちりばめられていたのである。

 そしてBAD MOON RISINGのデビュー作は、その高雅な音楽性を更に上昇させた出来であったのだ。

そんないい出来のアルバムを作れば、次のセカンドアルバムにも期待が集まるのは当然の成り行きであった。

 話しは脱線するが、LIONのデビュー作であるDANGEROUS ATTRACTIONの数量限定のスペシャルエディション(下の写真)が、今ディスクユニオン高価買取をしているようである。

koukadick.jpg


3500円という高値で。

ただし、ライナーや帯もきちんと装備されている状態での取引になるが。

来年1月31日までの限定であるが、持っていてもういらないと判断している人は、売った方がいいでしょう。

その詳細ページは以下
  ↓
http://diskunion.net/portal/ct/news/article/2/48084


そのセカンドアルバムは93年の春にリリースされた。

 前作が非常に良かったので、今作は初回限定のブックレット付きのCDが出たくらいである。

 私もデビュー時の来日公演はいったし、非常な感動をもって楽しませてもらったのである。

 しかし、次の今作はどうか?

 今作は、ジャッキーレイモスイアンメイヨーというパーナメントメンバーを固めて意気込みは充分であった。

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 時はグランジが幅を利かせていた時であった。

 このバンドの拠点としていたアメリカは、目まぐるしく流行が変わる社会であり、その影響を感じさせる出来になっている。

 しかし、その取り入れについて、このバンドのリーダーであるカルスワンは「積極的に取り入れたわけではない」というようなことをBURRN!』のインタビューで言っていた。

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 カルスワン

確かに聴いてみると、もろにグランジオルタナ風に変えたわけではないにしろ、その影響を感じざるをえない出来である。

●"Servants Of The Sun"
  ↓



https://www.youtube.com/watch?v=3m6ucmWq0Ws


 非常にヘヴィで、しかもミドルテンポということも手伝ってそのイメージをより強くする作風である。

 LIONやデビュー時のBAD MOON RISINGのアルバムにはなかった作風である。

 しかし、曲の初めや終盤の重いベース音もなかなか印象深いし、要所要所にあるヘヴィなギターリフはカッコいいし、ダグのソローも光っている。

 しかし、それほどの佳曲として語られなかったのは、そんなミドルテンポでも、曲の途中で一気に速い展開になる曲にしなかったからではないだろうか?

 そんな気がしてならない。

 デビュー作ではそういった工夫がどの曲でも出来ていて佳曲揃いになっていたのに…。


●"Tears In The Dark"
    ↓



https://www.youtube.com/watch?v=zEIoPQNMd-U


 カルスワンのようなソウルフルでエモーショナルな声の持ち主ならば、こういったシンプルなバラードで聴き手を感動させることが出来るのである。

 しかし、このアルバムはこの曲もそうであるが、アコースティックギターを多用した曲が多くなっている。

 このアルバム収録の曲で、アコースティックで始まる曲は”Devil's Son"Til The Mornig Comes"”Remember Me”そしてこの”Tears In The Dark"と4曲もある。

 その手法がまた暗さを強調してしまっているのである。

kuraizeyo.jpg


 曲は、作った人の心を表すものであるから、暗い面もあり、その心を歌った暗い曲もあってしかるべしと思う。

 しかし、曲を作った人のみならず、聴き手がいて初めて音楽というものは存在するのだから、もっと聴き手の事も考えた曲が欲しいものである。

 リフもカッコいいし、ソロもなかなかに感動的である。

 しかし、それだけ…というようなことを考えるリスナーも出てきても不思議ではない。

 初めゆっくりとした感じでも、途中で速いテンポのしかもカッコいいリフに導かれて爽やかな曲展開になリ、そこにSEやキーボードの音が重ねのならば、聴き手は一気にその曲の虜になり、その曲のファンに思わずなってしまう。

 そういった曲がデビュー作には多くあったし、その技法がこのバンドの強みであったにもかかわらず、今回はそういった作風のモノがないので残念至極なのである。

良いものをもっているのに…!


●"Heart Of Darkness"
  ↓



https://www.youtube.com/watch?v=XYhdNG7RsF8


 前作アルバム収録の"Darkside Of Babylon”はミドルテンポで、初めから中盤まで聴いていると退屈しそうだが、中盤の曲展開が変わるところでは、高音のしかも魅惑的なギターソロが入るために、非常に良い印象を残すのである。

 だが、この曲ではそういった要素がない。

 いきなりであるが、作曲のメロ作りのスランプに陥ってしまったのだろうか?

 それとも当時の流行を取りいれようとするあまり、自分の持ち味を殺してしまったのだろうか?

 それとも前作が日本で好評を博したため、油断してよからぬ方向へ舵取りをカルはしてしまったのだろうか?

karyude.jpg


そこのところはよくわからないのである。

こういった不満がこのアルバム全体的には出てきてしまっているのである。

センスはあると思うのだが…


●"Blood On The Streets"
  ↓



https://www.youtube.com/watch?v=msmf4QkYEdU


 この曲が唯一このアルバムからシングルカットされたモノであり、このアルバム収録中一番いい曲なのかと言ってもいいかもしれない。

 躍動感もそこそこあるし、ヘヴィさも適度にあるし、聴き手の耳をそばだてさせる曲展開もいい。

 ただその良さをもっと徹底した作りにした方が良かったのは言うまでもない。

 そこに不満が残る。

 このシングルは以下!
  ↓



ブラッド・オン・ザ・ストリーツ


 前作のデビュー作は日本のみの販売であったが、次はワールドワイドで成功すべくいろんな試みをこのバンドはしたのである。


 ディール探しをしたり、そういったディール探しをしていた他のいろんなバンドとギグをしたりして、その存在をアピールしていた。

 しかし、そんな苦労が実を結んだとはいいがたく、日本とヨーロッパのしかも小さなレーベルとしか契約は出来なかったのである。

 そして、このころVAN HALENの前座を務めたこともあり、ラッキーな部分はあったのであるが、そんなに大きなセールにもならなかったのである。

残念ながら。

van halen


デビュー作のような出来であれば、そうはならなかったかもしれない。

ちなみにデビュー作は私なら92点をつけるであろう!

その傑作のデビュー作についてレポートしたページは以下!
 ↓
BAD MOON RISINGの最高傑作!


やはりデビュー作と今作では出来に落差がある。

それはこのバンドのファンである私も認めるし、他のファンの多くが認めるだろう。

出来に不満に思った人も多く、デビュー作時は東京公演に限ってみてみるならば、2000人収録のホールが即刻ソールドアウトになり急遽もう1回のホール公演も企画されたくらいであるが、今作では1000人収録のクラブで2回だけであった。

それも頷ける事象であった。

当時の来日公演日程は以下
 ↓
(93年 来日公演日程)

10月26日 名古屋ボトムライン
10月27日 福岡クロッシングホール
10月29日 大阪モーダホール
10月30日 川崎クラブチッタ
11月1日  川崎クラブチッタ
11月2日  仙台ペープベースメントシアター
11月3日  札幌ペニーレイン24


 しかし、デビュー作に出来で劣っていても、なんとか楽しめるようにするためには、やはりベストアルバムを聴くのがいいのである。

 ベストアルバムというだけあって、そのバンドのいい曲が多く集めらているのであるから、佳曲と一緒に収められている曲を聴くことによって、また「ベストアルバムに抜擢された曲だから」という気持ちになり、それほどよくなかった出来の曲でもよく思えるようになるのである。

 そんな試みをしてみたい人にはBAD MOON RISINGのベストアルバムをお勧めしたい!
  ↓
ザ・ベスト・オブ・バッド・ムーン・ライジング


 このアルバムは、先にも書いたように、良いセンスの持ち主のメンバーがいるバンドではあったが、このアルバムでは、それを活かすような曲作りをしていないのである。

 中途半端な印象が残ってしまうのである。

 しかし、それなりにいい面はあるし、また聴きたくなるようなメロやリフがちりばめられているのである。

このバンドの最高傑作はデビュー作であると思うし、多くのファンが思うであろうが、このセカンドアルバムは、私なら80点はつけるだろう。

いいか悪かのギリギリの境目くらいの出来である。

それほどいいわけではないが、そんなに貶すような出来でもない…そんな感じと受け取ってもらえればいいと思う。

そんな悪い出来ならば、私はこのブログで紹介したりはしない。


●先に紹介した4つの曲を観て、以上の私の解説を読んで、そのことに頷けたかたにはこのアルバムをお勧めしたい。

国内盤
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ブラッド

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「迷盤ですが、おススメです!💛」

輸入盤
  ↓



Blood

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