HR/HM温故知故
かつて一世を風靡したHR/HMについて、私の個人的な思いいれ、独自な見方、ニッチな情報、そして映像を提示していきます
このメンツは凄い!『MONSTERS OF ROCK、 BRAZIL 2013』
brajirumonsun.jpg



80年代のハードロックにのめりこんだ人には堪らないラインナップでのフェスティバルが開催された。



それが、2013年ブラジルで開催されたMONSTERS OF ROCKである。



これは2日間にわたっておこなわれたが、これからリポートするのは、2日目のである。



そのラインナップは、

AEROSMITH、WHITESNAKE、RATT、QUEEN’SRYCHE、BUCKCHERRY、DOKKEN
である。



まずは、そのフェスの告知のCMを見ていただこう。







http://www.youtube.com/watch?v=YiXRi3-3CK8




BUCKCHERRY以外は全部80年代に大活躍したバンドである。



いずれもこの年代にマルチプラチナムを獲得したバンドである。



しかし、BUCKCHERRYもデビューが95年とはいえ、こういったバンドのファンにも充分アピールできるテイストをもっている。



このラインナップをみれば、「何故このラインナップで日本に来てくれないの?」と憤りを覚えるかもしれない(笑)。



それくらい見事なラインナップである。



しかし、それくらい見事な日本のキッズには充分アピールできるフェスだったにもかかわらず、日本のハードロックヘヴィメタルの最大手雑誌であるBURRN!』でもリポートがなされなかったのかいぶかしげに思われるだろう。



私がこのフェスを知ったのは、ブートレッグ屋でである。



まず、RATTのコーナーをみたら、それがあった。



「うえ!RATTがこんなデカいフェスに参加したの?じゃあ、他のバンドは?」と興味津々になり、インターネットで「MONSTERS OF ROCK BRAZIL」という検索で調べた。



そしたら、このラインナップであることを知ったのである。



しかし、このラインナップは80年代のハードロックをこよなく愛するファンにはたまらないだろう。



このバンド名だけで私は陶酔してしまったのである。



このラインナップで日本に上陸すれば、東京ドーム3日間は出来るだろう。



ここでは簡略するために、サードビルからヘッドライナーまでの3バンドを紹介しようと思う。




RATT







http://www.youtube.com/watch?v=Qx3LJzEEihM




まずはRATTである。



私は常々、このバンドがもっとこういったフェスに参加してもいいと思っていた。



84年にデビューし、そのLPがアメリカはもとより世界中で売れて、このバンドの特徴とするLAメタルという音楽性が、世界的なブームを引き起こし、ハードロックブームが起きるきっかけを作ったバンドの1つがほかならぬこのRATTだったからだ。

rattmonsterbrazil




デビュー当初はMOTLEY CRUEBON JOVIMETALLICAWHITESNAKEよりも、このRATTのほうがビッグだったのだ。



このバンドの偉業のほどは、他のページで書いたので、そこに譲るが、こういった大きなフェスにこのバンドが参加したのは、85年イギリスでおこなわれたMONSTERS OF ROCKであろう。

monstersofrock1985.jpg

この時は、自分よりも格下だったBON JOVIMETALLICAよりも早い出演順であった。



この時に、アメリカではファーストアルバムが300万枚、セカンドが200万枚も売っていたにも関わらずである。



ちなみに、BON JOVIの当時のニューアルバムは50万枚売れただけ、MEATLLICAのそれは50万枚にもいってなかったのである。



やはりRATTのようなハリウッドタイプのハードロックは、イギリスをはじめヨーロッパの国々では、それほどよくはないのである。



やはりウケの良い国は、母国のアメリカであり、そしてここ日本なのである!



そのウケの良いアメリカや日本でも、近年は人気がさがるばかりであったが、2010年に出したニューアルバムのINFESTATIONで見事復活!


INFESTATION.jpg

INFESTATION

RATTの底力を垣間見せてくれるに充分な出来の素晴らしいアルバムであった。



アメリカでもこのアルバムはウケ、見事ゴールドディスク(50万枚)を獲得するのである。



日本でもこのアルバムはウケ、 BURRN!』誌の人気投票においても20位以内にランクインした。

そして、嬉しむべきことに、20年以上しがらみ関係になっていたフォアンクルーシェ(b)がバンドに戻ったのである。



juan
フォアンクルーシェ


オリジナルメンバーであるもう1人のギタリストのロビンクロスビーは、この時すでに死去してしまっていたので、完全なるオリジナルメンバーではなかったが、これでほぼ「オリジナルメンバー」の体裁は整ったことになる。



ちなみに、この時のセットリストは以下である。


Wanted Man

I’m Insane

In Your Direction

You Think You’re Tough

Way Cool Jr.

Nobody Rides For Free

Lay It Down

You’re In Love

Body Talk

Back For More

Round And Round



これをみて残念に思うのは、往年のヒット曲のオンパレードであるが、復活作のINFESTATIONからの曲が一切されていないことである。



応年のヒット曲と、最近の曲を比べて、どうしても応年の曲のほうが良くてノレないということは、ことINFESTATIONに関しては一切ないと私は断言できる。



しかし、それなのに一切演奏されない…非常に残念であった。



その『INFESTATIONについて紹介したページは以下!
  ↓


http://eurokennes.blog60.fc2.com/blog-entry-126.html




私がハードロックにのめりこむきっかけを作ってくれたバンドの1つがこのRATTであることに間違いはない。



そんなバンドであるならば、望むのは、やはりライヴアルバムの発売であろう。




このバンドが88年に出演したBON JOVIをヘッドライナーにした東京ドームでおこなわれたSANYO HEAT BEAT LIVEのリポートが書かれたBURRN!』をみると、そこにはRATTの次のアルバムは、ライヴアルバムだ。」みたいなことが書かれている。

しかし、それから30年近く経っているにもかかわらず、その類いは一切出されていない(苦笑)。



理由はよくわからない。



考えれるのは、ライヴの出来であろうか?




このバンドのスタジオアルバムの出来は素晴らしいが、ライヴになるとその再現が出来なくなってしまうのである。



とくにヴォーカルが…
(笑)。


piacy



時にフェイクしたり、伸ばすところを伸ばさなかったり、キーを低く歌ったりと…不安材料はやはりある。



その悪い傾向は、90年あたりから散見される。



しかし、私がいったSANYO HEAT BEAT LIVEでのRATTのライヴは素晴らしかったし、今も思い出に残るステージであった。

それゆえに、このライヴはテレビで放映されて、今もそれを鑑賞することがあるが、どうしてもRATTのばかりを観てしまう。



メインアクトであるBON JOVIのはあまり観る気がしない。



ジョンボンジョヴィの時にフェイクしたり、伸ばすところを伸ばさなかったり、キーを低く歌ったりという度合いが90年以降RATTどころではないからだ。



それには、私は失望したのである。



気難しいことを言いだす年代ではない、純真な10代の頃の私がこのように思ったのだから間違いはない(笑)



スタジオアルバムとライヴの出来のギャップの度合いが、RATTがライヴアルバムを出せなかった原因かどうかはわからない。



でも、こういったマテリアルが出来たのはファンとして喜ぶべきことであるに違いはない。



この、MONSTERS OF ROCK IN BRAZIL以外にも、同じ2013年MS FESTIVALというアメリカでおこなわれたフェスにもヘッドライナーとしてRATTは出演した。



そのDVDを入手したいかたは以下のショップでどうぞ!



AIRS

しかし哀しむべきことに、このように大きなフェスでのサードビル抜擢という誉ある事態があったにもかかわらず、ヴォーカリストであるスティーヴンパーシーが脱退してしまうのである。



その理由は、RATTのホームページ等を読んでも、複雑難解でよくわからないのである。



とにかくこのバンドはメンバー同士の確執の絶えなかったバンドである。



パーシーが抜けて、彼のバンドはすでにできていて、そのメンバーでのライヴもYouTubeで公開されている。

pearcyband




これからRATTがどのような道を行くのかはわからない。



私としては、パーシーが戻ってまたINFESTATIONのような優れたアルバムを作ってくれることを祈るばかりであるが…。



当時の彼らの最新アルバムは以下である。







Infestation





WHITESNAKE







http://www.youtube.com/watch?v=qmMvK-NLoTI



次はWHITESNAKEである。



これまでの偉業を鑑みれば、セカンドビルという地位は妥当であろう。

monster2013




この年の春にも日本に来て公演をおこなった。



しかし、ニューアルバムを発表しての公演でないのに、中級ホールで全国をおこなったのは非常に素晴らしいことであった。



ここブラジルのサンパウロでも、いくらAEROSMITHがヘッドライナーとはいえ、この大規模な会場でこれだけの観客を集めれた要因になったのは凄いとしか言いようがない。



ライヴに足を運ぶ、あるいはライヴ映像を観る、ブートレッグを観る(笑)、いずれにしろ、スタジオアルバムにはない魅力がなければ、やはりこういった行為をする動機にはなりえない。



1987年以降にこのバンドは世界的な大ヒットを記録するがしかし、私はこれらの行為をするも、それほど感動しなかったのが正直なところである。

白蛇の紋章





何故なら、その時のメンバー、特にギタリストが、このバンドの楽曲を活かすようなプレイをしてくれなかったからである。



だからブートレッグを購入するも、そんなに集中しては観なかったのが正直である。



だが、ことこのバンドの2003年以降のライヴに関しては「素晴らしい!」の一言に尽きる。

それくらい何百回もみてしまったがために、録画したVHSの画面にはノイズが出まくっている状態である。



それくらい集中して観てしまうのである。



その要因は、やはりギタリストのダグアルドリッチである。



この人のプレイが最大限にこのバンドの曲を活かすプレイをしてくれているのである。

doug





さらに付け加えるならば、再々加入したトミーアルドリッジにも、そのドラミングがこのWHITESNAKEの曲を最大限に活かすプレイを見せてくれているのである。



彼が抜けて代わりのドラマーが加入した時のライヴはやはりそれほどいいものではなかった。



まさにダグトミーの2人がいてこそ、このバンドの楽曲を最大限に活かすことができると私は断言したい!



そおゴールデンコンビの最後のプロショットなのである。



哀しむべきことに、周知のようにダグはこのバンドを抜けてしまったのである。



前にも2004年のイギリス、ロンドンでの素晴らしいライヴ映像について紹介したが、それに準ずる出来であると言える。



その、2004年のイギリス、ロンドンでのライヴ映像について紹介したページは以下!


http://eurokennes.blog60.fc2.com/blog-entry-175.html

私がこのバンドを初めて知ったのは、このバンドがあの87年に発売したアルバムが全米で2位にまでいき、次のSLIP OF THE TONGUEが発売される頃のことである。



その『SLIP OF THE TONGUE』は全米で10位にまでいった。



そしてこのバンドが一時活動休止していた時にカヴァーデールはCOVERDALE/PAGEでアルバムを作った。

copa




そのアルバムの全米で5位にまでいった。



ここまで活躍を見せれば、カヴァーデールのアルバムは出せば、必ず売れるようになった、と当時10代の私は断定していたものであった。



しかし、ことはそんなに甘くない(笑)



2003年にこのバンドが再び再起して2008年2011年に良いアルバムを出すが、それぞれ全米62位48位どまりであった。

forevermore.jpg




その要因は…と問われても答えようがないのである。

WHITESNAKEのアルバムを買っても、今回のアルバムを買わなかった人にアンケートするしかないがそんなことは不可能だ。



これら2枚のアルバムはいいアルバムで今も愛聴している。



2011年のアルバムについては以下のページで書いたので読んでほしい!



FOREVERMORE


しかしこのイベントでヘッドライナーに抜擢されたAEROSMITH93年から5枚のアルバムを出しているが、それぞれ全米で1位、1位、2位、5位、5位と必ずヒットを飛ばしている。



90年当時、まさかこのバンドがこんなにビッグな存在になるとは思わなかった。



90年WHITESNAKEがヘッドライナーになったイギリスMONSTERS OF ROCKAEROSMITHセカンドビルだったのである。

mor 90

のみならず、日本でも着実に人気を集め続け、98年についに東京ドームでの公演も成し遂げたのである。



今や東京ドームで単独公演ができるハードロックバンドはBON JOVIVAN HALEN,GUNS 'N ROSESそしてAEROSMITHくらいであろう。



だから歴史というのは面白いのである。



しかしかたやWHITESNAKEが音楽をなめていたわけではないのである。



懇切していいアルバムを作ってきたのは間違いない。



しかし、ヒットアルバムを作ろうと思って作れるものではないのである。



だから音楽というのは難しいのである。



だが、このバンドも80年代にも、2000年以降もいいアルバムを作り、ライヴをおこない多くの人を魅了してきた。



そのことに違いはない。



WHITESNAKEセットリストは以下!



Give Me All Your Love

Ready an' Willing

Love Ain't No Stranger

Is This Love

Slide It In

Slow an' Easy

Love Will Set You Free ※

Pistols At Dawn

Steal Your Heart Away ※

Fool For Your Loving

Bad Boys (incl Children Of The Night)

Here We Go Again
Still Of The Night

Soldier Of Fortune
Burn(incl Stormbringer)




※=FOREVERMOREからの曲




WHITESNAKEの当時の最新アルバムは以下。







FOREVERMORE




AEROSMITH




sekaijuu.jpg





さて、ヘッドライナーであるAEROSMITHのお出ましである。



いきなりで恐縮だが、以下の(A)(B)(C)はなんだかわかるであろうか?




(A)


5月14日 東京 日本武道館

5月15日 東京 日本武道館



(B)

6月11日 東京代々木オリンピックプール

6月13日 東京代々木オリンピックプール

6月15日 東京代々木オリンピックプール



(C)

6月21日 東京 日本武道館

6月23日 東京 日本武道館

6月24日 東京 日本武道館




実は(A)が87年のRATTの東京公演日程で、 (B)WHITESNAKEの88年の東京公演の日程で、 (C)AEROSMITHの88年の東京公演の日程である。



見てわかるのは、この3者は当時の日本での人気ぶりが拮抗していたということである。



細かいことになるが、日本武道館よりも代々木オリンピックプールのほうが千人多く入るので、当時はWHITESNAKEの人気のほうが高かったと言える。



しかし、その後、この3者は人気に差が出始めて、90年代の初頭にRATTは一時解、WHITESNAKEも90年代の後半に一時解散した。



90年代の半ばにはハードロックブームが急降下していったが、そんな中でもAEROSMITHは解散などしなかったことも原因になり、着実にアルバムを発表し、それのみかヒットも必ず飛ばしていった。



そしてついに98年には東京ドームでの単独公演も実現する!



先にも書いたが、アルバムは、93年以降全米1位、1位、2位、5位、5位と着実にヒットしていったのである。




そうなれば、イベントでのヘッドライナーは当然のなりゆきである。



94年のイタリアでのSONORIA FESTIVALとイギリスでのMONSTERS OF ROCK99年の日本でのCOUNTDOWNなどなど、このバンドの快進撃のはじまった94年以降のあらゆるロックイベントでAEROSMITHはヘッドライナーをつとめている。



実は、この同じ年にアルゼンチンでおこなわれたPERSONAL FESTというイベントにもWHITESNAKEAEROSMITHは参戦し、AEROSMITHはこの上ない歓待を受けていた。

festpers




セカンドビルのWHITESNAKEでの客の反応もいいが、それどころではないのがブートレッグを観ればわかる。

それのみならず、アメリカでのKISSとの共演においても、MOTLEY CRUEとの共演においても、いつもAEROSMITHは後順で公演していたのである。


aerokisyoaeromot




もはやこのバンドを前座にできるハードロックバンドなど存在しないだろう。

earo.jpg




そんなビッグな存在になったことを鑑みれば、AEROSMITHMONSTERS OF ROCKで前座にしていたことがあるWHITESNAKEのその映像を観ると何とも不可思議な気分になるのである。



RATT、WHITESNAKE、AEROSMITH…この3者は80年代後半には人気が拮抗していたが、もはやその溝は大きすぎる。



RATTの最新の東京での単独公演はO-EASTで2回、WHITESNAKEは今年来日公演をおこなうが東京では国際フォーラムでわずかに1回である。



AEROSMITH東京ドームで2回。



90年イギリスでのMONSTERS OF ROCKのリポートを読んだときに、まさかこんなビッグなバンドになるとは予想だにしなかったのである。



先に、「カヴァーデールがアルバムを出せば必ず売れる存在になった」と書いたが、それは誤りで、 「アルバムを出せば必ず売れる存在になった」のはほかならぬAEROSMITHなのである。



そのAEROSMITHのステージを観ていただこうと思う。







http://www.youtube.com/watch?v=A0dXk5qUdiE



この時のセットリストは以下!



Back In The Saddle

Love In An Elevator

Toys In The Attic

Oh Yeah

Pink

Dude

Rag Roll

Cryin'

Last Child

Jaded

Boogie Man

Combination

Eat The Rich

Whole Lotta Love

What It Takes

Living On The Edge

I Don't Want To Miss A Thing

No More No More

Come Together

Mother Popcorn

Walk This Way

Dream On

Sweet Emoton



この映像を取り扱っているプライベート盤屋(ブートレッグ屋)は以下



AIRS





AEROSMITHの当時の最新アルバムはコチラ!








Music from Another Dimension



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WHITESNAKEのブルージーなAOR風のアルバム=『RESTLESS HEART』
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deviandws



94年の復活から3年。

WHITESNAKEの最終アルバムの発表が告知された。

デヴィッドカヴァーデールは、このアルバムを最後に引退するといった。

私は、このバンドが大好きだった。

とくに87年のアルバムがである。


白蛇の紋章

WHITESNAKE 87'』

このアルバムからのシングルですらも、LP盤やCDでもいろんなヴァージョンで集めてしまうほどであった。

しかし、93年を期に、ハードロックは一気に下降をし始める。

いろんなバンドが出ては消えていくのを目の当たりにしていった。


のみならず、80年代に全米はおろか全世界でマルチプラチナムを獲得していったメジャーバンドですらも駄作アルバムを作っていき、多くのファンを失望させたのである。

買えど買えど、ハードロックバンドのアルバムは良いものがほとんどなく、金を私はなくしていった。

そんな中で、大好きなWHITESNAKEが、最終アルバムを出すという。

そんな時期にでは、やはり期待も薄であった。

このバンドが94年に復活してベストアルバム発表に伴うワールドツアーが刊行されたときに、あのRATTウォーレンデマルティーニがこのバンドに参加した時は驚いたものである。

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ウォーレンデマルティーニ

そのままウォーレンはこのバンドに残ると噂されたが、結局RATTが復活されることになり、残留は無理になった。

となると、このバンドに残留することになったもう1人のギタリストのエイドリアンヴァンデンバーグデヴィッドカヴァーデールとともに曲を作り、アルバムを出すことになるのは誰もが予想でき、実際そうであった。

では、その内容はどうだったか?

以下を観て読んで、自分で評価を決めていただくほかない。

発売前には、「これぞWHITESNAKE!」という評価をしていたBURRN ! 』の編集者がいた。

しかし、その人は、78年デビュー当初のWHITESNAKEを高く評価し、87年以降のWHITESNAKEを評価できない人であった。

ということは、87年以降のWHITESNAKEを好きになり、それ以前を受け入れられない人は当然ながら、高評価は出せないだろう。

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アルバムを予約して、当日に買い聴いた私の印象としては、「静かだな…。」ということである。

そして「おとなしいな」ということである。

しかも、このバンドの永遠のロックアンセムの1つである“Bad Boys”のような速いヘヴィな曲など1つもない。

AOR風の曲に、ちょっとヘヴィさを施した感じと言った表現が適切であろうか。

このバンド当初のような感じも希薄である。

このアルバムの内容は、雑誌などの前評判から予想できた内容であった。

まあ、ともあれ内容をご自身で吟味するのがいいだろうと思う。

DEEP PURPLE時代の“Lady Luck”を彷彿させる“All In The Name Of Love”など朝聴くと元気の出るナンバーだし、タイトルトラックの“Reatless Heart ”は聴きこむほどに味が出てくるし、一本調子だがこれまたDEEP PURPLE時代の“Mistreated”を彷彿とさせる“Woman Trouble Blues”などはまさしくデヴィッドらしい歌い方である。

“Can’t Go On”はアコースティックで始まるチューンだが、エイドリアンらしく緩急で言うところの緩の部分の優
しさがいつまでも曲全体をいい艶で彩っている。

“Crying”もこれまでになかった曲風であり、ジミーペイジのようなテイストがあって興味深い。

ややヘヴィで速い曲である“Can’t Stop Now”もディスコでかかっていたらノレそうな曲である。


87年のあのアルバムの片鱗をそんなにはみることはできないが、デヴィッドカヴァーデールのディープヴォイスを渋めの音楽で堪能できるアルバムである。

そんな感じであると思ってもらえればいいだろう。


●“Too Many Tears
   ↓



https://www.youtube.com/watch?v=BpzQZJjObbs

この曲がファーストシングルになった曲である。

tumenytoomany
  ↑2パターンのシングルジャケットがあった。

この曲はゲームセンターのレーザージュークでも百円を入れて観れる時もあったのは懐かしい思い出である。

このアルバムのバンド名を見るとわかるように、このアルバムは当初、デヴィッドのソロアルバムとして作られるはずだった。

しかし、レコード会社が変わり、レコード会社がWHITESNAKEのアルバムを欲しい!」と言われ、内容もギターの音を大きくし、ドラムの音も大きくし、という過程を経てようやくリリースされることになった。

ということは、このアルバムが出来た当初はもっと音が薄かった、ということになる。

しかし、このアルバムを聴いた当初の私の感想は、「静かだな…」ということであった。

ヘヴィで速い曲であればあるほど、ハードロックファンは喜ぶのは当然である。

しかし、音が薄くて、AOR風のものであってはハードロックファンを喜ばすことはできない。

あの87年に発表されたアルバムを思い出しながら聴くと物足りない印象を受けるのは必然であるが、デヴィッドのソロでしかも、AOR風の曲として聴くとなかなかに渋めのいい曲である。

ちょっと暗めのバーで酒をやりながら、聴くとロマンティックな気分になるだろう。

ちなみに私は、ビリージョエルやボズスキャッグス、オライアンといったAORシンガーの作品も好きでたまに聴くし、感嘆させてもらっている。

しかし一度ヘヴィな傑作アルバムを作ると、その後そのヘヴィさから減退したアルバムを作ると、批判の的になるのは、WHITESNAKEのみならずどのバンドにも待ち受ける運命なのである。

ヘヴィな時とそうでない時のバンドが共存してはいけないかのような雰囲気がどうしてもできてしまう…。

このRESTLESS HEARTももちろん例外ではない。

しかもこのアルバム発表に伴うアメリカのツアーは刊行されてはいないのは残念でしかない。


87年のあのアルバムをアメリカでものすごく売ったことによってこのバンドの名を世界に轟かせることができたというのに…。


しかし、エイドリアンは、悲喜劇の中で暮らしてきた。

eidorian
エイドリアンヴァンデンバーグ

87年にこのバンドに加入したが、その時にレコーディングしたメンバーが全員デヴィッドのわがままで解雇されてしまったがために、急遽メンバーを集めた、その時のメンバーであったのだ。

であるからして、自分がレコーディングしていない全チューンをライヴでは演奏したことになる。

しかし、89年にそのままこのバンドに残り、ニューアルバムの制作に取り掛かり、デヴィッドとともに作詞作曲をしたが、自身は腱鞘炎のためにギターが弾けなくなってしまい、急遽スティーヴヴァイがこのバンドに加入し、レコーディングもすべてスティーヴがやった。

それが、SLIP OF THE TONGUEアルバムである。

スリップオブ

SLIP PF THE TONGUE

そしてアルバム発表し、その後のツアーにおいても、また前回と同じく、自分がレコーディングをしていないチューンをツアーで演奏することになる。

そして、そのツアー後、バンドは一時活動休止することになる。

それから4年後に、WHITESNAKEのベストアルバム発表に伴うワールドツアーが発表され、その時もエイドリアはメンバーとして集められた。

しかし、この時はニューアルバム発表にともなうツアーではないために、自分がレコーディングした曲は演奏することはなかった。

ということは、エイドリアンWHITESNAKEに加入してからの87年から97年まで10年間、自分がレコーディングしていない曲をツアーで演奏していた、ということになる。

非常に珍しいパターンであった。

それだけに、このアルバムは感慨深いモノがあったに違いない。

自分が、レコーディングした曲をツアーで初めて演奏できるのだから。


●“You’re So Fine
  ↓




https://youtu.be/6ueTqWZlYbM


やはりというか、私のように80年代の後半に、ハードロックというものにのめりこんだ人間は、どうしてもヘヴィなミュージックには、耳を惹くギターソロがないと物足りなくなるのである。

ただピッキングやフィンガリングが正確であるだけではやはり聴き手を感動させることはできなくて、惹きつけるメロがなくては、やはり感動できないのである。

この“You’re So Fine”“Can’t Stop Now”のような曲もそうであるが、やはりヘヴィで速めの曲においては耳を惹くメロの速弾きソロがなくては感動できないで、ただの1ハードロックの曲で終わってしまうのである。

そういうメロを作る発想力がエイドリアンにあるかと問われれば、やはりないのである。


事実であるから仕方ないのである。


●“Can’t Stop Now
    ↓




https://youtu.be/-TuHDJdQOmA


87年時のツアーでは当然ほとんどがあのWHITESNAKEからの曲であり、そのアルバムでレコーディングしたジョンサイクスが聴かせてくれた見事なソロをエイドリアンは再現してくれず、あのアルバムに収められていたソロかには似ても似つかない代物になっていた。

サイクシー
ジョンサイクス


その変えたものが、あのアルバムヴァージョンと拮抗かあるいはそれ以上の魅力を備えたものであったら感動したが、残念ながらそうではなかった。

87年以降のこのバンドはヘヴィ、スピーディ、メロディックという表現がふさわしい。

そのミュージックにはどうしても驚異的なソロがないと感動は出来ないのだ。

エイドリアンがこのバンドに加入して以降のこのバンドのブートはたくさん持っているが、感動したソロはなにもない…哀しいが現実なのである。

彼の魅力はやはり、以下のような緩急のうちの緩の部分が全体をしめている曲においてなのである。


●“Don’t Fade Away
 ↓




https://youtu.be/DjmVyC9e9EU


tooh


この曲でもわかるように、デヴィッドは1人ではラクシャリーで清涼感のある曲を作ることはできないが、1人のパートナーと一緒に作曲をすると非常にいい曲ができるのである。

周知のように、SLIP OF THE TONGUEの曲の全部はエイドリアンと一緒に作ったのである。

そのSLIP OF THE TONGUEを初めて聴いた時の感想は、非常にアメリカンな曲ができたな、ということであった。

デヴィッド1人ではこういった曲を作ることはできない。

優良なパートナーを得ることによって初めて可能になるのだ。

そのSLIP OF THE TONGUEの立役者がエイドリアンであることに違いはない。

デヴィッドが、97年の解散以後に1人でつくったソロアルバムを聴くに、やはり1人ではいい曲が作れないな、ということがわかった。

これはなにも、デヴィッドだけでなくいろんなミュージシャンに共通の事であるが…。

この“Don’t Fade Away”にしても非常に贅沢な時空間を持てる傑作である。

エイドリアンが関わったからこそであると確信している。


adrian.jpg

この曲を聴いていると、心に光明が訪れると思うのは私だけであろうか、そんなことはないはずである。

このワールドツアーにおいては、WHITESNAKE最後のツアー」ということが告知されていたがためか、世界の多くの国でこのツアーの模様が放映された。

ロシア、ブルガリア、アルゼンチンこれらの国で放映されたものに関しては、ブートレッグ屋で手に入れることができる。

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97年MEGADETHQUEEN’SRYCHEなどが参加したアルゼンチンMONSTERS OF ROCKではヘッドライナーを勤めた。

WHITESNAKEMEGADETHと共演!…非常に興味深い組み合わせではないだろうか?

音楽性が若干ことなるので。

私は、WHITESNAKEのモノはブートレッグで持っていたので、MEGADETHのも観てみたいという衝動に駆られ、いろんなサイトを探すも、このモノを扱っているサイトがなかったのが残念である。

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もし偶然に出くわしたら即効で買うつもりである。

このツアーの際に、デヴィッド「ヘヴィでラウドなモノは控えたい」と言っていた。

やはり年齢を重ねるとそういう好みになってしまうのだろうか…。

それで、この時のツアーでも、ヘヴィでもラウドでもなかった初期のナンバーも多く復活したし、ディストーションもヘヴィさを希薄にしていた。

“Still Of The Night”のような曲もいつかは終わりにしなくてはいけないだろう。」とも言っていた。

その音楽性に合わせるがごとく、87年以降長髪で金髪にしていたヘアスタイルも、自前の黒髪に戻した。

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しかし、全世界的にヒットし、その名を轟かせたのは、ほかならぬ87年のあのアルバムであることに違いはない。

それでこのバンドのファンになった人がほとんどだろう。

そのせいか、あのアルバムからファンになった人は、このRESTLESS HEARTは物足りなく感じるに違いないし、初期のナンバーも物足りないだろう。

やはり、97年に世界ツアーもしても、客の入り、反応もやはりいまいちだったのは充分に予想できる。

ちなみに、この時の来日公演日程は以下である。


9月12日 大阪厚生年金会館
9月13日 大阪厚生年金会館
9月14日 福岡サンパレス
9月16日 東京新宿厚生年金会館ホール
9月18日 仙台宮城県民会館
9月19日 秋田県民会館
9月21日 新潟テルサ
9月22日 日本武道館
9月24日 東京渋谷公会堂
9月25日 名古屋センチュリーホール
9月27日 広島厚生年金会館

97panflet
 当時のパンフ

しかし、この時がWHITESNAKEの最後のツアーだと宣伝されたにもかかわらず、予想に反して少なかったなと言うのが実情ではないだろうか?

東京公演の告知は、初めは日本武道館だけであった。

しかし、チケットがすぐに完売してしまい急遽、中級ホール2日間が追加された。

でもそれでも少ないな、という感じであった。

最後のツアーならもっと来てもいいんじゃないの?と思ったものであるが。

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当時売られていたTシャツ

やはりこのバンドは、87年以降のアルバムで好きになった人が多いので、それ以前の曲風ではやはりウケが良くないのは明白であろうか。

私も、この時のブートレッグは所有していて観るが、それほどノレないのが実情である。

87年のアルバムにのめりこんだ人はどうしてもあのヘヴィな音を求めてしまうのである。

その87年のアルバムについての私のレビューはコチラ!

⇒『87年 WHITESNAKEの大異変!』


しかし、この時のバンドメンバーを聞いたときは、驚いたものである。

ベーシストに、元BLUE MURDERトニーフランクリンが据えられたというのだから。

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  トニーフランクリン

BLUE MURDERWHITESNAKEを首になったジョンサイクスのバンドである。

そのくびは、ジョンからしたら非常に不本意なものであって、トニージョンからデヴィッドの悪口をさんざん聞かされたに違いない。

しかし、それでもトニーはこのバンドのツアーに参加した。

「…何で?」と私は首をかしげざるを得なかったが、ことは個人主義が基本の西洋にはこういうことは往々にしてあるのである。

そのことについて、トニーの意見をききたかったが、来日公演に伴うインタビューはデヴィッドのだけであった。

ちなみにBLUE MURDERに参加したマルコメンドーザ2003年WHITESNAKE復活に際し、このバンドに参加している。

ちなみに、当時のセットリストは以下である。

Walking In The Shadow Of The Blues
Give Me All Your Love
You’re So Fine
  ※
Love Ain’t No Stranger
Too Many Tears  

Ready An’ Willing
Judgement Day
Lovehunter
Slow An’ Easy
Oi
  ※
Is This Love
Reatless Heart  

Don’t Break My Heart Again
Fool For Your Loving
Here I Go Again
Don’t Fade Away  

Ain’t No Love In The Heart Of The City
Still Of The Night


※=RESTLESS HEARTからの曲。

“Ready An’ Willing”が始まるときに “Hit An’ Run”のイントロを使ったり、“Reatless Heart”の途中で“Don’t Break My Heart Again”に突然変わったり、“Lovehunter”の途中で“Slow An’ Easy”につないだりと、この時のツアーでは予測不可能なセットの展開がなされていた。

その試みはなかなか興味深かった。

howasune97


87年以降、初期の曲はかなぐり捨てて、84年以降の曲ばかりがセットに組み込まれていたが、この97年のツアーでは、初期の曲がたくさん復活している。

それに興味のある人は、いろんなブートレッグ屋にアクセスして、買って鑑賞することをおススメする!

私のおススメのブートレッグ店はこれ!

AIRS

そのせいか、これをもってWHITESNAKEは解散するといっていたが、それを撤回して2003年にこのバンドは復活したが、87年以降のヘヴィヴァージョンに戻している。

“Still Of The Night”のような曲もいつかは終わりにしなくてはいけないだろう。」とは言っていても、やはりあのナンバーはこのバンドには不可欠だし、現在でも毎回毎回欠かさずに演奏している(笑)。

その心境はどのようなものなのだろうか?

ミュージシャンでない私には想像もできないが、やはり自分のやりたいことだけを追求していては、ミュージシャンたる者、食べてはいけない。

であるからして、やはりそれほどしたくない曲でもしなくてはいけない。

しかし、あの曲はもちろんヘヴィでラウドな曲で、観客に支持されている曲であれば必然的に演奏したくなるだろう。

それでしているのか、それともいやいやしているのか、それは私には想像もできないし、デヴィッドに質問しても、明確な答えは出ないだろう。

そういったことを言葉にするのは難しいものである。

このバンドは、前期と後期で音楽性がかなり違うので、ファンの層がわかれる。

しかし、デヴィッドはまず23歳DEEP PURPLEという世界的に有名なバンドに抜擢されて一躍世界で有名な人になった。

そこで参加して作った3枚のアルバムはもちろん、WHITESNAKEで作ったアルバムのほとんどが入手可能で世界中で売られている。

であるからして、印税がいつでも多く入ってくる。

だから、今更ヒットアルバムなど出さなくても、充分生活していけるのである。

だから、今も自分の好きなように音楽を作り、ライヴで演奏するだけでいいのである。

しかし、デヴィッドはそうせず、やはり大勢の人のウケる音楽をしている。

逆に同じDEEP PURPLEのメンバーだったグレンヒューズは、ヒットなど全然意識せずに自分の心からしたい音楽だけをしている。

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  グレンヒューズ


彼のライヴのDVDを観たが、実に小さなクラブである。

ハードロックという言葉も浮かばない非常に奥の深いブルーズをしている。

こういった音楽はメジャーな音楽にはなりえないし、ほんの一握りのファンしかつかないのは明白である。

しかし、本人はそれで満足しているのである。

そういった心から欲する音楽をしていきたいのだ。

彼も、DEEP PURPLEにおいてアルバムを作り、ほとんどの曲の作詞作曲に関わっている。

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そのアルバムからの曲は、今のDEEP PURPLEでは全く演奏されてないにもかかわらず、40年以上も前に出されたアルバムであるにもかかわらず、いまだ入手可能という事実も驚異である。

それゆえに、彼が自分の心から欲する音楽をしたいようにできるゆえんである。

印税が大量に入ってくるから生活に困らないのだ。

このように、デヴィッドグレンではアティチュードがまったく逆なのだ。

良い悪いの問題ではない。

自分の行きたい方を選べばいいだけの話しである。

グレン90年代半ばに傑作アルバムを作ったが、それ以外はどうしてもヤング世代にはウケにくいものだった。

ヒューズ


その90年代半ばの傑作アルバムについてはいずれ紹介したいが、しかし彼は非常に職人的なモラルである。

私は、どんなものにでも可能性を見出すたちなので、一刀両断的に、こっちのは絶対に聴かないということはしない。

しかし、聴くのが多いのは、間違いなく87年以後の方である。

自分が大ファンになるきっかけを作ってくれたアルバムがあると、人はどうしても、そのアルバムと比較してニューアルバムを評価してしまうものである。

しかし、私はハードロックが大好きだが、それとは別個にポップやAORをたまに聴いたりしている。

やはり、どちらが音楽的に優れているかどうかではないし、そういうことをしても意味がないとおもうのだ。


WHITESNAKE87年のアルバムは良いが、それ以外はそれに劣っているから聴かない、というようなことは私はしない。

コピー ~ GetAttachment[1]

良さで劣っていても、全く価値を見出せない、と言うなら話は別であるが、聴いていれば価値がそれなりに見いだせるのは間違いない。

だから、このRESTLESS HEARTも聴きたい気持ちになったら聴く、ということをしている。

私は、25歳以上になったら、AORなどを中心に聴くようになるだろうと思ったが、それを過ぎてもいまだにへヴィネスを体が求めている。

しかし、たまにAORも聴いている。

そんなAORを聴きたくなったときに、このアルバムも聴くのである。


それだけの話しである。

蛇足ながら、このアルバムは、国内盤で発表されたWHITESNAKEのアルバムの中では、唯一廃盤になってしまったものである。

それ以外のアルバムはどれも新品で入手可能であるが…。

廃盤になった、だから内容は良くない…というのは早計である。

内容を吟味すれば、廃盤でもいいものはある、多く。

これらの評を読んで、興味の湧いた人には購入をおススメする。


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欧米盤と国内盤ではジャケットが異なるので注意。

輸入盤



Restless Heart


magariyama


国内盤



レストレス・ハート



★その他、WHITESNAKEについてのアルバムの詳細を総合したホームページは以下!
WHITESNAKE

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この曲も、WANDSの最盛期を語る上で重要なモノだと思います。

歌詞の言葉に含まれる重みが、聴いている人に、重くもなくほんのりとしつこさもなく、聴き手の恋愛経験と重なり、共感が出来、そして楽しくなり、また聴きたくなる…そんな魅力を有しているのが、上杉さんの書く詞だと思います。

このシングルも、1993年の7月7日付けで、日本のオリコンチャートで1位を獲得しました!

WANDSはこれまで、全部で7枚のシングルを1位に送り込んでいるのです!

凄いですね!

上杉さん柴崎さんの2人が、それまでのこのバンドとは違う音楽性を追求して後に脱退 してしまいますが、やはりそれはすべきではなかった…と思いますね。

何故なら、違う音楽性を追求してやったバンドではヒットはありませんでしたからね。
でも本人たちがそれをやりたいから脱退したのなら、それは仕方ないですが…

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