Author:テヅロック
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この本を読み終えて、思い浮かんだのは昨年の極真の世界大会である。新極真会と極真松井派の二つの世界大会が行われたが、新極真会のほうは118キロの巨漢塚越孝行選手が、リトアニアのドナタスイムブラスをくだして優勝し、空手母国日本の威信を守ったが、極真松井派のほうは優勝から7位までが外国人が入賞し、日本人が8位にたった一人だけ入賞という、世界大会はじまっていらい最低の結果に終わった。
これは、新極真会に属する外国人選手が、極真松井派の選手に比べて実力で劣っているからだろうか?そんなことはないと思う。実力において遜色はないし、逆に新極真会の外国人のほうが、実力的に優っていると思える場所も少なくない。差はあるとは思えない。
ただ、新極真会と極真松井派の日本選手を見比べて、違うのは組み手の理念である。新極真会の選手はどれも相手を倒すという理念のもとに組み手をしているのだ。優勝した塚越選手にしろ、7位に入った塚本徳臣選手にしろ、残念ながら入賞は逃したが、野本尚裕、前川憲司、鈴木国博各選手は相手が警戒する強烈な技をもっているのだ。 一方、極真松井派の選手はどうだろうか。2大エースといわれた選手にさえも、相手を倒すという気が感じられないし、倒せる一発もないのだ。松井派の選手全般に言えることだが、相手を倒すのでなく、手数をだして、コンビネーションで審判に印象良く判定で勝とうという風にしか感じられないのだ。
試合があれば、みんなそれに向けて打たれ強くなるように身体を練磨してくる。当然手数も必要だろう。トーナメントで勝ちあがっていくから、体にダメージを残さないように、技を体で受けないようにスウェーブでかわすテクニックも必要だろう。相手も試合に免疫が出来ていくから、ワンツーから下段や、ワンツーからミドルのようなありきたりのコンビネーションでは通用しないから、相手の虚をつくようなコンビネーションも必要だろう。こういった手数やテクニックが不要だとは言わない。いや、むしろ必要でさえある。そこのところは極真に身を置いた事のある私だ、良くわかっている。
しかし、松井派の選手は攻撃力やスピードを差し置いて、手数重視、テクニック重視になってしまっているのだ。それでは、体が大きくて力の強い外国人には勝てない。
昨年の世界大会の模様は、両大会ともテレビ放映され、新極真会のときに優勝した塚越選手の練習風景も映し出されたが、凄かった。塚越選手が足に分厚いサポーターをつけて、全身分厚い防具をつけた黒帯相手のスパーリングをしていたときに、塚越選手のミドルキックがボディに入ったときに、相手は悶絶して倒れてしまったのだ。こんな風景が松井派の選手の練習風景で見れるだろうか。否である。塚越選手よりも体重の重い選手を何人も松井派は擁しているにもかかわらずである。
私は、両大会を間近で観戦したのだが、新極真会の選手の攻撃は「ドスッ、ドスッ、バキィ」という、いかにも痛そうな、効きそうな音を出しているのにもかかわらず、極真松井派の選手のは「スカッ、スカッ、パチン」というかんじで手数は出て、動きやすいだろうが、相手を倒すことは出来ないし、警戒心を相手にいだかすことも出来ない。
この書で、今は亡き大山総裁は述べている。「毎日二時間くらいなら、稽古とはいえない。毎日、六時間以上やってはじめて稽古といえるのだ。よく、「神に入る」という言葉を聞く。「神に入る」とは、人間ながら、神のようになるということであろう。この、「神に入る」ために、人によりけりだが、一日六時間以上の練習が必要なのである。簡単な事なのである。一日六時間以上、練習すればいいことだ。それ以上に、説明はできない。稽古をやり抜けば、技は速く、力強くなる。かりに、人が0.1秒で動くとすれば、それを0.01秒で動くくらいの差があれば、空手のような闘技では、ほとんど、人の打撃を受けることがないのである。闘技は合理的なものだ。速く、強ければ勝てる。」
この本を読めば、いかに極真松井派が間違った理念で空手をしているかがわかろうというもの。かく言う私も、「空手に一番重要なのはテクニック!」と勘違いして、認識していた恥かしい時期があったのを告白しなければならないだろう。稽古の時間も話されるのは技術的な話。テレビ放送でも技術的なことばかり。月刊誌でもテクニック全般についてばかり言及されている。これでは、空手=テクニックと勘違いする生徒が大勢出てきてもなんらおかしくはない。
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大山総裁の死後、極真がいくつも分裂してしまい、世界大会を開催できるのは新極真会と、松井派だけだが、新極真会が、大山総裁の掲げた一撃必殺の組み手を体現しているのに比べ、なぜ松井派の選手は手数重視、テクニック重視になってしまったのかは謎である。しかし、その訳を解明するのがここでの目的ではないので不問にしておく。
主張したいのは、松井派の人たちが、この本をはじめその他、大山総裁が遺した書物を読んで、早く組み手の理念の軌道修正を図る必要性を感じずにはいられなかった。
昨年の世界大会での日本の惨敗の反省からか、今年の松井派の全日本大会では、優勝した谷口誠選手はじめ、8位までに入賞した選手のなかに何人か手数やテクニック第一ではなく、相手を倒す、効かせるのを第一に考えて、試合をしている選手が何人かでてきたことで少し光明が見えてきたと思う。谷口選手にいたっては、二人の成長著しいロシアの選手をくだしての優勝であったので、優勝の意義は大きい。特筆すべきは、4回戦で、昨年の世界大会で、5位入賞したアンドレイステピンをくだしたので、頼もしくもあった。このまま、がんばってもらいたいと思った。世界大会を視野に入れるのであれば、リーチの長い外国人を想定して、遠い距離からの上段の回し蹴りや前蹴り、しかも相手が警戒して、間合いに入ってこれないような、強くて速いのを蹴れるようになるのを期待したいが。
相手を倒すのが、もともと空手、いや格闘技全般の理念のはずであった。しかし、それをおざなりにして、手数やテクニックに傾くのは本末転倒としか言いようがない。先ほども書いたように、今や、手数やテクニックは組み手の中では必要である。しかし、それだけではだめなのだ。力とスピードのある技があって、はじめてそれらが活きるということだ。
空手に関して、大山総裁に理論で勝てる人はいないはずである。極真空手の創始者であり,フルコンタクト空手の創始者なのだから。その大山総裁の言うことに、誰もが素直に耳をかたむけて空手の稽古に取り組んでいってもらいたいものである。勿論、大山総裁が書いたことがすべてではないから、人に訊いたり、稽古が発見したことを頭に明記しておくことも大切である。大山総裁の言ったことを柱にしつつ、日々の稽古では体感したことは、随時自分の中に取り入れていく。これが、空手で強くなるのに最高の道だと思うのだが如何なものだろうか。
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