HR/HM温故知故
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ジョンサイクスの偉業を讃える!振り返る。


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サイクシー
  ここで、一度WHITESNAKEアルバム(左下図)について辿ってみよう。

 このアルバムは、WHITESNAKE史上最高傑作のアルバムである

 へヴィでしかも印象的なリフ、心からいつまでも離れないメロディ、スピーディもミドルもスローもバラードも収録曲はすべて佳曲だらけで非の打ちどころがない凄まじいアルバムである。

 このアルバムを出す前までのWHITESNAKEは人気がないわけではないが、かといって人気があるわけでもない中堅バンドにすぎなかった。

 へヴィさも迫力も中途半端でイマイチ、そんな印象だったのは否めない。

 しかし、このアルバムからは事態が一転する!

 その最大の貢献者はだれか、間違いなくジョンサイクス(左写真)である。

 確かに、ヴォーカリストのデヴィッドカヴァーデールは世界最高峰のヴォーカリストであるが、作曲能力においては一人ではワールドワイドで大ヒット出来る作品を作る能力はなかった。

 初期WHITESNAKEにおいては,あまりにブルージーすぎて、へヴィさやキャッチーさが足りず、大勢にファンを獲得するのに成功はしていない。

 しかし、87年ジョンサイクスと組むことにより、そういった曲を作ることに成功したのである

 そして、自らの声を最大限に活かした曲の数々を生み出し、全米だけで1000万枚もの売り上げを挙げるアルバムを世に出すことに成功したのである。

 白蛇の紋章

 

 そのWHITESNAKEの偉業については、別の項において書いたので、そこを参照してもらいたい。

 『WHITESNAKEアルバムにおいて、ジョンはこんな名曲も作った。

 このビデオでは、解雇されてたのでジョンは出ていないが…
   ↓


この曲収録のアルバムがこれ!
   ↓



 しかし、87年そんな最高傑作を世に出したにもかかわらず、ジョンデヴィッドによって解雇されてしまうのである

 
結果は完全な仲違いだ。

 解雇されたその後、ジョンは自らのバンドBLUE MURDERを結成し、デビューアルバムBLUE MURDER(左写真)を発表する。

 このアルバムは、BON JOVIの全米ツアーの前座を務めるなどして、地道に成果をあげ全米チャートの100位に入る健闘を見せるが、それほど目立った成功を達成することはできなかった。blue murder

 続くセカンドアルバムNOTHIN’ BUT TROUBLEが発表され、その後BLUE MURDERという名は捨て、SYKESという名義でアルバムをだした。

 



 いずれも、WHITESNAKE脱退後の出したアルバムはどれにも共通する点は、出来が素晴らしいということである

 
しかし、どれも成功らしい成功は収めていない。

 ここ日本では、忠誠を誓った根強いファンがたくさん存在していたがために、アルバムを発表するたびに来日公演はしていたが、全米で何百万枚というようなWHITESNAKE時代に味わった成功を自らのバンドで味わうことはできなかった。

 
時代、メンバー、音楽性の変化、理由はいろいろ考えられるが、ここでは取り上げないことにしよう。

 私が考えるに、音楽的な成功とは、いかに良いアルバム、曲を輩出したかにある。

 そのアーティストが売れた時期によって注目されるような音楽性、メインストリーム(流行っている)音楽性であるにこしたことはない、いやそういった音楽性であれば大いに売れる可能性がある。

 アメリカのような流行がめまぐるしく変わる国であればなおさらそういった傾向があるのは周知の事実である。

 しかし、HRのように流行が終わってしまった観がある音楽でも、私は全然気にとめない。

 流行が終わったからといって、その音楽を聴くのを止めるなんていうことは一切出来ない。

 かつて、HRのように流行が終わりになり、時代はグランジオルタナだ、という時代になったときに、多くのHRアーティストがそのグランジオルタナの要素をふんだんに取り入れて、自らの持ち味を完全に消してしまったことに対して、私は大変に憤った。

 それは、そのグランジオルタナの要素を取り入れたことに対してではなく、持ち味を殺し、全然良い曲がなくなってしまったことに対してである。

 私から言わせれば、

 とにかく良い曲を出してくれれば、その音楽が時代に合わせた、曲風であろうが、頑なに自分のスタイルを貫き通したものであろうが構わないと思うのである。

 この考えに反論はあるであろうが、そう考えている。

 時代の要素を取り入れて全然良い曲がなくなっても駄目だし、どんなものが流行ろうが自分のスタイルを貫き通しても良い曲がなくても駄目である。

 ジョンサイクスは、90年代半ば、時あたかもへヴィでブルータリーな音楽がもてはやされていた頃に、自分のスタイルを貫き通して、傑作なアルバムを輩出してくれた。

 
しかし、やはり時代の流れには勝てず、全世界で大きなヒットを記録することはできなかった。

 しかし、それはどうでもいいのである。良い曲に溢れたアルバを輩出してくれたのだから…

WHITESNAKE脱退後、自らのバンドBLUE MURDERで出した曲がこれ!
   ↓


●そのアルバムがこれである *試聴コーナーあり!
   ↓



 いろんなサイトにおいて、デヴィッドジョンが一緒になって作ったからこそあの傑作WHITESNAKEが出来たんだ。

 だから、また二人が一緒になれば良いというような意見が書かれているのを見るが、事はそんなに簡単ではない。

 良い作品が出来るケミストリーとはその時の二人の脳や心などの身体的状況は勿論、良いケミストリーが生まれる時代状況、作曲能力のピーク時であるか非ピーク時であるか。

 また、プロデューサーの能力のピーク時か否か。

 その他諸々の諸条件が上手くタイミング良く折り重なって生まれるものであって、決して9×9=81という簡単な図式には、ならない
のである。

 
9×9=98になったりする、それがあのWHITESNAKEアルバムであった。

上手くケミストリーが化学反応をしてくれなければ9×9=76とか80になってしまうことだって大いにありうる。

 こんな感じで、90年代が終わり、2003年に自分がかつて所属していたバンドWHITESNAKEが復活することになった

 その時、ジョンサイクスが、また復活するという噂がひろまった。

 
その時、私の心境は何とも言えないものがあった。

 特に渇望したわけでもなかった、正直。

 なぜなら、私はジョンが加入していた彼の雄姿をタイムリーで見ていなかったからである。

 彼が加入していた時期は私は小学生で、毎日野球やサッカーをしていた。

 彼もWHITESNAKEも知らなかったのである。

dave  john 

 彼とWHITESNAKEのボスであるデヴィッドカヴァーデール(左図)が、同じ机に座って話し合い、また同じバンドでやっていこうと話し合ったが、結局決裂してしまった。
david.jpg

そのことについてデヴィッド曰く

彼とまた一緒にやることに、私の中の現実主義者は否定的だった。

それに対してジョンのコメントはどうだったか?

 2004年の彼の来日公演におけるリポートでのインタビューで聞けるかなと思ったが、残念ながらインタビューはなかった。

 かつて、一緒にケミストリーを生み出したメイトとして、一回だけならまた一緒にプレイしてもいいというコメントをしたのを、私はおぼえているが、あのWHITESNAKEを生み出した最大の功績者がそのバンドにまた戻ってプレイしないのは残念至極である。

 その2004年の来日公演からはや6年、彼の活動の行方はまだ不明である。

 これからどういう道を歩むのか、どういった音楽を輩出していくのか、誰にもわからない。

 ファンの心境としては、再びこれまでの数々の傑作なアルバムを出してくれることを願うのみだが…


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